🗓 2026年01月24日
吉海直人
今回は「菊」についてのお話です。いきなり質問ですが、「菊」という漢字の読み、「きく」以外にご存知ですか。考えても無駄です。「きく」以外の読みはありませんから。では次の質問です。「きく」は音読みでしょうか訓読みでしょうか。なんとなく訓読みのような感じがしますが、正解は音読みです。何故って、菊は中国から伝来した植物だからです。『万葉集』に出ていませんから、それ以降、おそらく平安時代に日本に伝来したようです。
ただし現代の中国語(北京官話)だと、菊は「ju」(チウ)と発音します。ここから「きく」は出てきません。古い時代に遡ると、「kuk」(クク)と発音していたことがわかりました。これなら「きく」へ転訛できますね。まずみなさんに知っていただきたいのは、菊が外来種であり、日本にはなかったということです。そのため日本には菊の呼び名が存在せず、中国語からの音読みだけなのです。
では何のためにわざわざ菊が輸入されたのでしょうか。植物の場合、航海の危険を冒してまで観賞用の花が輸入されることはまず考えられません。ですから原則は薬用植物、つまり漢方薬の原料として輸入されたのです(梅も朝顔も同様です)。だからこそ貴重であり、人家近くに植えられて栽培されました。
ついでに平安時代の菊の形態はどうだったのでしょうか。これも答えは簡単です。梅も白梅だったように、菊も原則は白菊でした。その語源は「新羅菊」が縮まったともされています。しかも江戸時代に品種の改良が行われる以前は、大輪の菊など存在しませんでした。ですから白い小菊を思い浮かべて下さい。貴重な菊は舶来ということで貴ばれ、宮廷では歌合(菊合)なども催されました。同時に中国の年中行事も伝わっています。嵯峨天皇は菊を愛でられ、観賞用の嵯峨菊を作られました。
さてここで質問です。みなさんは「重陽の節句」をご存じですよね。では「陽」とはどんな意味かおわかりですか。「陽」は陰陽の「陽」です。中国では奇数のことを意味します(当然「陰」は偶数)。次に「重陽」というのは、同じ陽の数字が二つ重なるおめでたい日のことです。暦にあてはめると、1月1日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日の五つが該当します(二桁の11月11日は含みません)。日本でも吉日になっていますよね。ただし1月1日(元日)だけは朝廷の行事なので別格です。そのため庶民は1月7日にずらされています。
この中で一番大きな数字は9ですね。そのため9月9日がいわゆる「重陽の節句」として尊重されています(「重九」は「長久」にも通じます)。ちょうど菊の開花時期なので、「菊の節句」とも呼ばれています。昔は前日の夜に菊の花に真綿をかぶせておき、当日の朝に菊の香と露で湿った綿で体を拭うと、邪気を祓い延命の効果があると信じられていました(美容効果もあり?)。実際、菊にはテトラクマロイルスペルミンという有効成分が含まれていることがわかっています。
もっと手っ取り早く、盃に菊の花を浮かべた菊酒を飲んで長寿を願うこともあります(菊の宴)。花札の9月の植物は菊ですね。その役札には「寿」と書かれた盃が描かれています。通称「菊に盃」と呼ばれているものですが、これこそ菊酒をモチーフにしたものでした。最近は菊の節句を祝う風習も廃れてしまっているようですが、菊人形展など菊にまつわる催し物は行われていまね。2025年は新暦の10月29日が旧暦の9月9日にあたっていました。
最後に質問です。みなさんは日本の国花をご存知ですよね。では国花は「桜」でしょうか「菊」でしょうか。その答えは両方でした。今のところ法律で制定されてはいません。菊は外来種ですが、平安時代末期の後鳥羽院が、自らこしらえた刀に菊花の紋(菊一文字)を入れたことから、いつしか皇室の紋章に用いられるようになりました。そのため国花の一つになっているのです。始まりは中国から輸入された菊でしたが、今となっては、日本の伝統的な花といっても問題なさそうです。
