🗓 2026年01月03日

吉海直人

みなさんは神社仏閣にお参りしたことがあるかと思います。では神社とお寺の区別はきちんとついていますよね。一番混同されているのは、時々お寺で柏手を叩く人がいることです。かつてお寺に外国人を案内した際、神社では柏手を叩くがお寺では叩かないと説明していたちょうどその時、たまたま参拝に来ていて人が柏手を叩いたので、説明に窮した苦い経験があります。

まあ、江戸時代までは神仏習合だったので、お寺と神社をきちんと区別する必要もないのかもしれませんね。いずれにしても神社であることは、シンボルである鳥居の存在によってすぐにわかると思います。その鳥居は、ここからは神の領域(神域)であることを告げるものです。お寺に鳥居はありません、といいたいところですが、昔の名残でお寺の境内に小さな鳥居が建っていることも少なくありません。昔は兄弟で、兄は神主、弟は僧侶という家族構成も少なくありませんでした。

ついでながらお寺には鐘がありますが、神社にはありません。視覚的に神社であることを示すものとして、もう一つ狛犬の存在も大きいですよね。これも原則お寺にはありません。ただし大きなお寺の門には、左右に仁王像が設置されています(東大寺が有名です)。金網越しによく見ると、向かって右の像は口を開けており、左の像は口を閉じています。右が「あ」で左が「うん」、合わせて「阿吽」です(阿吽の呼吸)。

それと狛犬は似ていると思いませんか。ただし石造りの狛犬はかわいそうに野ざらし状態です。仁王像と同様に右が口を開けており、左は閉ざしています。これは仏教の影響を受けているからだといわれています。ただお寺の仁王像は前向きですよね。それに対して狛犬は前向きと相対向きと二通りのパターンがあるようです。お気づきでしたか。では一体どちらが正しいのでしょうか、あるいはどちらが古い形態なのでしょうか。

もともと狛犬の歴史をたどると、中国を飛び越えてスフィンクスやマーライオンとの共通点までいわれています。古くはライオン(獅子)だったものが、インド・中国を経て日本に伝来した時には、この世に存在しない想像上の霊獣となっていました。しかも一種類の動物ではなく、獅子と狛犬の二種類になっています。沖縄のシーサ(獅子)もこれに類するもののようです。

それよりもっと大事なことがあります。それは狛犬の頭に角が一本あることです。ただし最近の狛犬には、その角がないものが多くなってきました。逆にいえば、角のある狛犬の方が、角のない狛犬よりも古い形ということになります。中にはせっかく生えていた角を削り取られている狛犬まであります。話はこれで終わりではありません。前述したように、狛犬最大の謎はその向きにありました。というのも全国の神社を見渡すと、狛犬の向きがばらばらになっているからです。

歴史を遡ると、かつて平安時代には、青銅製・木製などの小さな狛犬が、宮中の建物の中に据えられていました。たとえば十二世紀前半に編纂された『類聚雑要抄』には、張台の前に鎮子(重し)として置かれていた狛犬について、「左獅子、於色黄口開、右胡麻犬、於白不開口、在角」とあります。これを見て狛犬と獅子の位置が今と反対だと思う人はいませんか。そんな人は古典の基礎(常識が)が欠如していると思って反省してください。この左右は張台の中にいる人から見たものだからです。

日本には左を上位とする思想がありました。右大臣より左大臣が偉いのはそのためです。ただしその左にしても天皇からみた左ですから、臣下からは向かって右になります。ややこしいですが、これが古典の常識です(向かってというのがミソです)。桃の節句に飾るお雛様の位置もこれが基本になっています。ですから口を開けている獅子の方が上位で、口を閉じている狛犬の方が下位になります。

時代が下っていく中で、狛犬が神社に設置されるようになりました。古い資料が少ないのでなんともいえませんが、どうも室内で用いられていた際は小型で相対向きだったようです。それを考慮すると、神社でも室内もしくは建物の近くに設置されている古い狛犬は、小型で相対向きが多いようです。逆に建物から遠い、たとえば鳥居の傍にある江戸時代以降の狛犬は、大型で前向きが多いのではないでしょうか。中には相対向きでありながら、顔だけ前を向いているものもあります。おそらくそれはお寺の仁王像の影響を受け、悪霊などが境内に入り込まないように前向きで守っているのでしょう。決して参拝客を暖かく迎え入れているわけではありません。

ついでながら、かつては狛犬と獅子はきちんと区別されていました。ところが徐々に獅子が狛犬化して角がなくなり、二体セットで狛犬と称されるようになってしまいました。そうなると口を開けているか閉じているかの区別もない狛犬も登場しています。どうやら角のある獅子は日本だけの特徴のようですから、日本文化を守るためにも獅子を大事に残してほしいと願ってやみません。