🗓 2021年08月03日

山内大夢(ひろむ)はオリンピック400mハードル競争で、惜しくも決勝進出にはならなかった。過去に同種目で準決勝に進んだのは為末大が最高であり、これには追い付いた。日本人にとって短距離は苦手な種目ではある。バトンタッチに高度なテクニックが活きた400mリレーを除いて、メダルからは遠い。その中でこの快挙である。
私には鼻たれ小僧の小学生の時から中学・高校・大学と同じ友人がいる。試合後そのうちのO君と話したが、実況放送でアナウンサーが「福島県会津高校出身」と連呼していたことが話題になった。言われてみれば他競技で選手の出身高校を紹介しているのは稀なことだ。「会津高」を紹介した理由は何か全く不明だ。当初復興五輪がテーマだったので福島県の高校であることを伝えたかったのか。アナウンサーが悲劇の末路をたどった幕藩体制下の会津藩の歴史ファンなのか確かめるべくもない。
会津高校は紛れもなく会津地方では名門高校であった。会津藩の藩校日新館の後継ともみなされてきた。我々が在学する直前の進学校を見ると東大には10名程度、東北大学では現役・浪人合わせて50名程は入学していた。仙台一高や二高とあまり遜色なかった。明治・法政などの合格数は 全国ベスト10に入っていた。当時、週刊誌で発表されてるのを見て単純になかなかやるなと思っていたものだ。北京マラソンに出場した佐藤敦之も会津高の後輩である。箱根駅伝で早稲田が優勝したときに箱根の山下りで滑って転んだが、立ち上がりそのまま力走した猪俣選手(現三菱商事)も会津高出身である。
日新館の伝統を引き継ぎ、剣舞委員会が飯盛山にある白虎隊の霊前に踊りを毎年奉納している後輩たちであり、有名大学への合格率は落ちても「負けじ魂」の精神だけは引き継いでほしい。山内君のお母さんの様に「長州に負けたのは悔しい」と言い続けて欲しいものだ。
早稲田大学競争部より「会津高校出身」とアナウンサーが連呼したのには、何か理由があるはずだ。
(文責:岩澤信千代)