🗓 2025年04月05日
吉海 直人
卒業式の定番として『君が代』『蛍の光』『仰げば尊し』の三曲があげられます。もちろん卒業式は明治以降の学校ができてからのものです。日本初の卒業式の記録は、明治5年に学制が施行されたことから始まります。最初の卒業式は、明治9年(1876年)6月29日に陸軍戸山学校で行われたものです。また明治12年(1879年)3月13日に行われた東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)の卒業式では、ピアノ伴奏による唱歌が歌われました。ここで最初に『仰げば尊し』が歌われたようです。その後、明治23年(1890年)に「教育勅語」が発布されたことで学校儀式が整えられ、儀式を通した情操教育が行われるようになりました。特に義務教育の小学校では、人生の分岐点として卒業式が重要視され、感動的で一体感を味わう式にするために、みんなで歌って涙を流せる『仰げば尊し』や『蛍の光』が定番になっていったと考えられます。
その「仰げば尊し」が学校で歌われなくなったのは、平成になってからでしょうか。敬遠された理由はいくつかあげられます。第一に、歌詞があまりに古文調であり、到底小学生や中学生には理解されないことでしょう。さすがに「我が師の恩」を「和菓子の餡」と勘違いする人はいませんよね。そこで平成においては、大都市の小学校を中心に、卒業式の合唱曲を『仰げば尊し』から『巣立ちの歌』、『旅立ちの日に』、『贈る言葉』、『さくら(森山直太朗)』など、その時々の流行曲に変更する学校も増加してきました。
歌詞を見ると、一番の「はやいくとせ」は意味が掴みにくく、「早い」のか「行く」のか迷ってしまいます。ここはまず「いくとせ」が「幾年」であることを理解しましょう。そうすると「はや」は「早くも」となります。続く「思えばいととし」の「いととし」にしても、大学生でも解釈できそうもありません。特に「とし」はお手上げのようです。中には「いとおし」と勝手に勘違いしている人もいるようです。これは漢字をあてれば「疾し」で、意味は「早い」ことです。つまり歳月がたいそう早く過ぎさったことを述懐しているのです。
また二番に二回出てくる「やよ忘るな」・「やよはげめよ」の「やよ」も難解ですよね。これは呼びかけの言葉で意味はありません。だから「忘れるな!」・「励め!」(「よ」も強調です)でいいんです。それに対して「はげめよ」の方は、言語遊戯的に「禿げめ!」が想像されます。校長先生が禿げていたりしたら笑いが生じるかもしれません。
繰り返される「今こそ別れめ」(今まさに別れよう)の「め」も誤解されているようですね。多くは「節目」「境目」の「目」と誤解して「別れ目」と思い込んでいるのではないでしょうか。これは古典文法の係り結びです。係助詞の「こそ」に対応して「別れむ」が已然形の「別れめ」になっているのです(三番の「忘るる間ぞなき」も同様です)。これで歌のだいたいの意味はわかりましたね。
二番の歌詞には別の問題があります。「身を立て名をあげ」というのは、中国の『孝経』を踏まえて立身出世を奨励しているということで、戦後の民主主義にそぐわないと判断され、二番も歌われないことが多くなりました。確かに『孝経』には、「身を立て道を行い名を後世に揚げ以って父母を顕すは孝の終りなり」とあります。私などは『二十四の瞳』の映画で歌われているのを聞き、いい歌だなと思ったのが最初の印象でした。幸いこの曲は「日本の歌百選」に選ばれています。
そもそもこの曲は誰が作ったのでしょうか。文部省唱歌の大半は、外国の曲を元にしているようなので、この曲もその可能性が高いのですが、長いこと原曲がわかりませんでした。昭和52年刊行の『日本の唱歌(上)』(講談社文庫)でも未詳となっています。英米の民謡を研究されている桜井雅人氏が、執念で原曲を探し当てたのは、なんと平成23年のことでした。
1871年(明治4年)にアメリカで出版された『The Song Echo』(ヘンリー・パーキンス編)という本の中にあった「Song for the Close of School」という曲がそれです。曲名も「卒業の歌」ですからぴったりですね。作詞はT・H・ブロスナンで、作曲はH・N・Dとありますがどんな人かは不明です。おそらくこの本を文部省音楽取調掛の伊沢修二が入手し、明治17年に刊行された『小学唱歌集三編』に収めたのでしょう。日本語の歌詞は、同じく音楽取調掛の大槻文彦・里美義・加部厳夫の三人の合議でまとめられました。
原曲の歌詞は友達との別れが主題になっています。ところが日本語の歌詞は、原曲を参考にしつつも、当時の社会を反映してか先生(師)と生徒(教え子)の別れに作り替えられています。「教えの庭」(校庭ではなく庭訓(教育)のこと)と「学びの窓」という対句もその象徴です。意図的に卒業する生徒が恩師に感謝するというストーリーにされたことで、教師に従属を強いているという反発を招いたのでしょう。もはや先生は尊敬される対象ではなくなっているようです。それならもう一度原曲の戻して訳したらどうでしょうか。