🗓 2025年10月25日
吉海 直人
みなさんは「替え玉」という言葉を耳にしたら、何を想像しますか。多くの人は「替え玉受験」を思い浮かべるのではないでしょうか。これは大学などの入学試験で、受験者でない人に試験を受けさせて合格を得ようとする「替え玉入試事件」のことです。いずれにしても本物とは違う偽物ですから、どうしてもマイナスイメージですよね。
確認のために辞書を引いてみましょう。小学館の『日本国語大辞典第二版』を見ると、「本人と偽って、別人を使うこと。代理で事に当たること。また、その人。」とありました。初出としては洒落本『美地の蛎殻』(1779年)の「わゐらがやうな替へ玉と口をたたくと夜が明ける」が出ていたので、江戸時代後期には使われていた言葉だったことがわかりました(芝居用語か)。
ただ私は若い頃に福岡にいたので、「替え玉」と耳にすると即座にラーメンの「替え玉」が思い浮かびます。しかしその意味は『日本国語大辞典第二版』には載っていませんでした。比較的新しいというか、福岡だけ地域限定で通用する言葉だったのでしょう。幸い『デジタル大辞泉』の三番目に、
と出ていました。これでやっと市民権を得たようです。でも福岡以外の人にとっては馴染みがないですよね。
これは福岡(博多)のラーメン店で、意図的に残しておいたスープにおかわりとして入れる麺のことです。とくに長浜ラーメンや博多ラーメンと呼ばれる福岡のとんこつラーメンでは、替え玉を注文できるしくみが当たり前になっています。ではこのラーメンの「替え玉」は、一体いつから使われるようになったのでしょうか。調べてみると、元祖長浜屋(ガンナガ)が始めたサービスということがわかりました(元祖長浜家(ケイチ)とは別店)。その創業は昭和27年以降ということなので、「替え玉」もそれ以降ということになります。
ところで「替え玉」の二つの意味、確かに二つとも「替え玉」とは書くものの、その意味は本質的なところでかなり異なっています。例えば「替え」に目をつけると、意味がかなり違っていることがわかります。本人だと偽る「替え玉」の「替える」は、「別のものと交換する」という意味です。物をそっくりすげ替えるわけです。つまり、替えられる側の存在も、替える側の存在もともに存続します。一方、ラーメンの「替え玉」の「替える」は、「おかわりする」という意味です。交換するのではなく、「消費した麺を次の麺で補填する」という意味です。つまり、替えられる側の存在はなくなり、替える側の存在のみになります。
もし、本人と偽って受験をする人材要員がA氏、B氏と複数いて、その仕掛け人が実行者のA氏をクビにして、B氏に実行させるようにすると、B氏は理論上「替え玉の替え玉」になります。ちなみにご飯の「お替わり」は、茶碗を渡してごはんを盛ってもらい、その茶碗が戻ってくるので、「茶碗が替わる」と表現したのが由来であるといわれています。
さて福岡の長浜ラーメンで始まった「替え玉」は、決して全国区ではありません。そのため辞書にも長く掲載されていませんでした。それがようやく『デジタル大辞泉』に載ったことで、かなり全国区になってきたことがわかります。
もちろん福岡において、ラーメンの「替え玉」は普通名詞ですから、福岡の人に「替え玉」の意味を尋ねたら、真っ先にラーメンの「替え玉」と答える人がダントツに多いかと思います。みなさんも是非一度福岡で「替え玉」を注文してみませんか。そのためにはスープを残しておかなければなりませんよ。
