🗓 2020年03月02日

投稿者:山田義人

戊辰戦争での悲運のひとつに西郷頼母と21人の自決の話を思い出した。敵兵が城下町に侵入してきた。
頼母の妻千恵子が敵兵の恥辱は、消して選ばない、籠城戦では、婦女子は足手まといになると家族9人を含む一族21名が辞世の歌を詠み自刃し頼母の後顧の憂いを絶った。
会津女子の新島八重や、中野竹子とは、違った気丈夫である。
その気迫を肌に感じたくなりお墓のある善龍寺を参拝した。
なよ竹の碑を参拝し21人の墓に手を合わせた。
西郷千恵子が死を前にして詠んだ辞世の歌

なよ竹の 風にまかせる身ながらも たわまぬ節はありとこそきけ
現世で死すとも義を貫く信念はいかなる事があろうと折れないと
自分勝手な解釈をした。生き方を学ばせ手もらった感謝である。