🗓 2023年03月15日

実際にあった話のようだ。会津の北会津村に平太というものがいた。川に魚取りに行ったのだが、そこで白いひばりを捕まえた。

家に帰って女房に相談すると「いまのお殿様は渋柿宰相と言われるケチくさい殿様だ。それより伊達の殿様に差し上げる方がよかんべ」ということで仙台の殿様のところへ持っていき金15両の褒美をもらって、近所に吹聴して回った。

その珍しいひばりを伊達政宗は将軍に献上した。将軍は「宮城で獲れたのか」と尋ねたところ、政宗は会津の本郷で獲れたと答えた。将軍は「会津からこのような名鳥が取れるのになぜ蒲生秀行は献上しないのか」と不機嫌になった。

この話を聞いて面目をつぶされた蒲生秀行は領土内で犯人を探したところ、すぐに平太夫婦と判明し、夫婦とも釜茹での刑に処した。その釜は明治の初めころまで会津若松市内にあった。今釜はないが「二つ釜」という地名は残った。なんと私の住んでいるところから直近で子供のころから場所は不明だが地名は知っていた。最近読んだ「会津の伝説」で初めて地名のいわれを知りびっくりした。平太の「雲雀ひばり」の話は知っていたが、これもまた直近の蟹川村(車で5分の距離)に平太が住んでいたことも初めて知った。知識は継続しないと入手できないということか。

(文責:岩澤信千代)