🗓 2021年08月28日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

「きつねとたぬき」というと化かし合いの代名詞ですね。この意味はあまりいいものではありませんが、マルちゃん(東洋水産)の「赤いきつね」(昭和53年)と「緑のたぬき」(昭和55年)はよく売れている即席めんの名称です。この場合、きつねはうどんでたぬきは天そば(かき揚げ)になっています。最初に販売した「カップきつねうどん」は独占販売に近かったのですが、カップヌードルの日清食品から「どん兵衛」が発売されて、競争が始まりました。
 そこで「熱いきつね」で対抗する予定だったようです。ところが「どん兵衛」が「熱いうどん」というキャッチコピーを先に出したので、変更せざるをえなくなりました。たまたま流行っていた山口百恵の「プレイバックpartⅡ」の中に「真っ赤なポルシェ」とあったことから、「赤いきつね」に変更したそうです。この赤色(稲荷の鳥居の色)のインパクトが大成功につながったのです。赤が決まったことで、次の緑(赤の補色)はすぐに決まりました。
 どうやらマルちゃんの「赤いきつね」は関西モデルで、「緑の天たぬき」は関東モデルのようです。そのため2018年にどちらが人気があるのかの投票が行われました。結果は予想通り「赤いきつね」が勝利しました。ただし12月の売上だけは、年越しそばの関係で「緑のきつね」の方が多いそうです。また面白いことに、うどんの消費量が多い西日本の方が、「緑のたぬき」の売上は多かったとのことです。これは西日本にそば屋が少ないことが起因していると分析されています。
 そもそも関東と関西では、名称と中身にずれが生じていることを御存じですよね。まず関西ですが、関西では同じように甘辛く煮た油揚げが載っていても、うどんだときつねうどんだし、そばだとたぬきそばになります。わかりやすくいえば、関西にはきつねそばもたぬきうどんも存在しないのです。
 それに対して関東では、油揚げが載っていればきつねだし、天かす(揚げ玉)が載っていればたぬきです。ということで関東には、きつねそばもたぬきうどんもちゃんと存在します。そのために異文化体験というか、関東の人が関西でたぬきそばを注文すると出てきたものに驚くし、関西の人が関東でたぬきそばを注文しても同じように驚くことになるのです。
 もともときつねうどんは関西発祥でした。最初はうどんと稲荷ずし(お稲荷さん)のセットだったという説と、稲荷ずし用の油揚げを別皿で出していたという説があります。するとその油揚げをうどんに載せて食べる客が増えてきました。しかもそれがおいしかったことから、油揚げを載せたきつねうどんが誕生したのです。
 それに対してたぬきうどんは関東発祥です。最初はイカのかき揚げを載せていたのが、いつしかイカのない天かすになってしまいました。タネが抜かれたうどんということで、洒落てたぬきうどんと称するようになったそうです。ただし関西にはあまり広まりませんでした
 なお関西では、天かすは売るものではなくサービス品だったので、勝手に添えられるように置いてあったりします。最近は関東の影響を受けて、天かすうどんあるいはハイカラうどんと称してメニューにも登場するようになりました。
 これだけで済めばいいのですが、関西の中でも京都のたぬきうどんはもっと変わっています。きつねうどんにしても、大きな油揚げではなく小さく短冊上に切ったものが入っています。しかも味がついていないのが特徴です。さらにそれをあんかけにしたものを、京都ではたぬきうどんと称して出しているのです。関西にたぬきうどんはないといいましたが、京都にだけは特別のたぬきうどんがあったのです。
 いかがですか、試しに注文して異文化体験を楽しんでみませんか。