🗓 2022年01月29日
吉海 直人
子供の頃、転んで膝から血が滲んでくると、母親がバイキンが入るといけないからといって、付属の小筆で赤チンをつけてくれました。あの独特の色は今でも忘れられません。懐かしくなって薬局で赤チンを探してみましたが、見つけることができませんでした。薬局から赤チンは消えてしまったようです。そこで気になって赤チンについて調べてみたところ、2つの面白い事実が浮上してきました。
1つは私が勘違いしていたことなのですが、おそらく私と同じように「赤チン」を消毒液の正式名称と思っている人は少なくないかと思います。しかしながら赤チンというのは愛称というか略称で、「赤ヨードチンキ」が正式名称でした。といっても赤ヨードチンキという名の消毒液も見当たりません。一般には「赤チンキ」という名称で販売されていたのです。
2つ目は、赤ヨードチンキというのは、ヨードチンキ(ヨーチン)とはまったく別のマーキュロクロムのことでした。既にヨーチンという名が病院で普及していたこと、そしてマーキュロクロムが覚えにくかったことなどで、赤色という特徴を冠して赤ヨードチンキ、すなわち赤チンキという名で一般に広まったのです(ヨーチンは黄色)。要するにマーキュロクロムとヨードチンキが消費者に混同されていたわけです(ただし併用禁止)。
こうしてアメリカで生まれたマーキュロクロムは日本で赤チンキと称され、日本全国の家庭用常備薬として普及しました。最盛期にはなんと100社以上のメーカーが競うように生産していたとのことです。ところがマーキュロクロムのマーキュリーは水銀のことでした。もともと有機水銀剤ということで、製造過程で水銀の廃液が発生することから、1973年に国内生産が中止されました。それはちょうど水俣病などの有機水銀公害が問題になっていた時と重なります。
しかしながらその後も根強い愛用者のために、原料を外国から輸入することで、赤チンキの製造は続けられてきました。最後まで製造を続けたのは三栄製薬という会社です。それでも2019年5月をもって日本薬局方から削除され、翌2020年の年末には国内での製造ができなくなりました。これによって赤チンという言葉は遠からず死語になることでしょう。
なお消毒薬のヨードチンキもあまり見かけませんが、うがい薬のイソジンとしてなら今も普及しています。そのイソジンを販売してきたのは明治製薬ですが、ライセンスを有するムンディファーマ社との契約が解消されてしまいました。今後、イソジンという名のうがい薬はシオノギ製薬から販売されることになります。明治製薬は、明治うがい薬に改名して従来どおり販売を続けるそうです。なんだかメンソレータムの場合と事情が似ていますね。
一方、マーキュロクロムの方は、山之内製薬があらたな消毒薬としてマキロンを考案しました。マーキュロからマキロを取り、赤チンなどの「ン」をつけた造語ですが、これは塩化ベンゼトニウムを主成分にしているので、水銀問題もないし赤チンのような色もつきません。そのため一時「白チン」とも呼ばれました。
その赤チンと肩を並べていたのがオキシフルでした。こちらは無色透明ですが、傷に付けるとジュワッと泡が発生ます。それが傷に染みて涙が出るほど痛かった思い出があります。これも人によってオキシドールともいっていましたが、どうやらまったく同じもののようです。かつて中学校の理科の授業で、オキシフルは過酸化水素水のことで、泡の正体は酸素だということを教わりました。またこのオキシフルには漂白作用があって、頭髪の脱色にも使えることを知りました。
両者に共通しているオキシは酸素(オキシジェン)のオキシでしょう。その活性酸素が傷口を消毒するわけですが、効き目が強すぎて上皮細胞までも一緒に破壊してしまうといわれたことで、最近はあまり使われなくなったようです。
消毒薬としては、他にクレゾールやリバノール・エタノール(アルコール消毒)もありますが、思い出に残っているのはやはり赤チンとオキシフルの2つです。少年時代にはDDTも使われていましたが、これももうすっかり過去の遺物になってしまいました。こういった薬にも思い出があるものです。