🗓 2022年02月12日
吉海 直人
新聞・書籍などを見ると、難しい漢字には右側(横書きの場合は上部)にルビ(振り仮名)が施されていますね。もっとやさしい小学生向けだと、総ルビになっているものもあります。これは、使われている全ての漢字にルビが付けられているものです。ただルビが多すぎると、かえって読みにくく感じることもあります。
ではこのルビというのは、日本固有の文化なのでしょうか。今ではすっかり日本語化していますが、もともとルビは日本語ではありませんでした。調べてみると、ルビは活版印刷にかかわる業界用語として、明治時代から使われていたことがわかりました。もちろんそれ以前の木版印刷にも振り仮名は施されていましたが、それをルビと称したことはありません。
そもそも日本語の歴史では、中国の難しい漢字(お経など)に読み記号をあてたことが、仮名の起源とされています。それほど漢字を正しく読むのは大変だったのです。日本人は、振り仮名を付けるという知恵によって、難漢字を克服してきたのです。振り仮名は漢語と和語の橋渡しをしたともいえます。ですから日本人は振り仮名には慣れっこになっているのです。
それを踏まえた上で、問題のルビは活版印刷とともに外国から入ってきた言葉ということになりそうです。その正体は「ruby」という英語でした。「ルビー」というと宝石の一種です。何とルビは宝石に由来する言葉だったのです。
もともとイギリスでは、4.5ポイント活字のことをダイアモンド、5ポイント活字のことをパールと称していました。そしてそれより大きな5.5ポイント活字のことをルビーと呼んでいたのです。それが日本では、5.5ポイントに近い7号活字(5.25ポイント)のことをルビと名付けたそうです。
この小さな7号活字は、日本において主に5号活字の振り仮名に用いられました(号は若い数字の方が大きい)。これは新聞の紙面で使われることの多いサイズだったのです。それもあって、いつしかルビは活字のサイズという本来の意味よりも、振り仮名のことを意味するようになったというわけです。ここで意味が大きく変遷しました。
もちろんアルファベット(英文)にルビは不要ですから、イギリスやアメリカではルビが振り仮名の意味で使われることはありません。ということで、イギリスと日本ではルビの意味が異なってしまったのです。もちろん漢字の本場である中国にもルビはありません。こうなるとルビは、日本語特有の活字文化といえそうです。
厳密にいうと、ルビは出版業界の用語ですから、手書きの漢字に手書きの振り仮名を付けても、それはルビとはいいません。あくまで活字の振り仮名に限定されているのです。最近はパソコンが流通しており、昔のような活版印刷は消えてしまいましたが、それでもルビはパソコンに継承されて現在も使われています。
面白いのはルビの発展形として、漢字の読みとは無関係のルビが登場していることです。たとえば英語などの外来語に、その読みをカタカナで振ることがあげられます。ただし正確ではありません。発音記号ではないので、本来の発音とは異なっていますが、それでも簡単に読みがわかるというので、広く行われています。要するにルビは、英語と日本語の橋渡しもしているのです。これこそ日本人の知恵ではないでしょうか。
最近は、読みではなく意味を付ける特殊ルビも登場しています。たとえば「女主人」に「マダム」、「伝達」に「コミュニケーション」、「時間割」に「カリキュラム」と振られていたりします。これはいわゆるルビではなく、日本語に英単語をあてていることになります。逆に「プロテイン」に「たんぱく質」と振るのは、英語を日本語訳していることになります。また元号に西暦のルビを振るケースもあります。これはルビの注釈的活用ということになります。
こういった用法は、もはや本来的なルビではなく、ルビの進化系ということになります。ルビが本来の用途を超え、アイデアを発揮できる文学的行間として効果を発揮しているわけです。さて本来のルビを超えた新ルビは、一体どこまで進化していくのでしょうか。