🗓 2022年10月15日
吉海 直人
かつて授業の小テストで、「薄い」の反対語を三つ書きなさいという問題を出したことがあります。みなさんその答えはすぐにおわかりですか。一つは濃度のことなので「濃い」があげられます。醤油なら「薄口」と「濃口」、お茶なら「お薄」と「お濃茶」になります。料理でも味が「薄い」とか「濃い」とかよく使われていますよね。
書道の墨も「薄い」「濃い」があります。石山寺(滋賀県)には紫式部が使っていたといわれる硯が展示されているのをご存じですか。それを見ると、上部に牛と鯉が描かれています。この意味がおわかりですか。「鯉」はもちろん「濃い」の当て字ですね。「牛」はちょっと苦しいのですが、「薄し」を意味しています。「濃い」墨と「薄い」墨が使い分けられるようになっているのです。この場合、「濃淡」ともいうので、「淡い」が「薄い」の類義語ということになります。
二つ目は厚みに関することなので、「厚い」があげられます。これは「薄紙」「厚紙」、「薄板」「厚板」、「薄手」「厚手」、「薄揚」「厚揚」などと例が多いようです。なお『源氏物語』に用いられている「薄雲」・「薄氷」・「薄衣」は、『源氏物語』が初出なので、あるいは紫式部の造語なのかもしれません。特に「薄氷」は、本来は「うすらひ」だったものを、あえて「うすごほり」と読んでいる点が注目されます。
三つめは色の濃淡であり、「濃い」だけでなく「深い」も反対語になります。古く『万葉集』に、
紅の深染の衣色深く染みにしかばか忘れかねつる(2624番)
紅の深染の衣を下に着ば人の見らくににほひ出でむかも(2828番)
と詠まれている「深染」という漢字は、「ふかぞめ」ではなく「こそめ(濃染)」と読まれているので、両者に互換性があることがわかります。逆に「ふかぞめ」という読みは、中世以降にしか用例が見られません。
その反対語として「薄染」も『万葉集』に、
と出ています。この場合の「薄染」は「うすぞめ」と読んでもよさそうですが、下の「浅らかに」を導く序詞とするなら、やはり同音の「あさぞめ(浅染)」と読むべきでしょう。ということで、「薄い」の類義語として「浅い」があげられます。しかも「薄い」「浅い」にも、「濃い」「深い」と同じく互換性があるようです。この「浅い」については、「薄い」の類義語である一方、青系統の色には「浅緑」などと「浅」を用い、赤系統には「薄紅」などと「薄」を用いて使い分けしているようです。
ところでこの「浅い」「深い」には、案外意味の広がりがあります。春は「浅い」というのに対して、秋は「深い」です。川の「深い」「浅い」は水深をあらわす表現ですね。雪が「深い」の反対語は、雪が「浅い」(浅雪)でも「薄い」(薄雪)でもよさそうですが、これは積もった量(かさ)が「多い」か「少ない」かであらわします。それに関連して、雪が「高く」積もるともいいますね。
普通、「高い」の反対語は「低い」ですが、面白いことに「ひきし(低し)」という語は平安時代後期以降にしか用例が認められない新語とされています。それまでは「高い」の反対語は「短い」が補ってきました。「短い」の反対語は「長い」ですから、混乱が生じて「長命」「短命」に「薄命」(短い)も仲間入りしています。
また傷の場合、「深手」の反対語は「薄手」ではなく、「浅手」(傷は浅い)になります。抽象的な用法として、経験が「浅い」の反対語は、経験が「深い」とはならず、経験が「豊富」(豊か)といいます。この場合の「浅い」は、「少ない」・日数が「短い」という意味だからです。もちろん「薄い」にも「薄利多売」「薄幸」「多幸」など「少ない」の例があります。これが毛髪だと、眉毛や鬚なら「濃い」でもいいのですが、頭髪だと一本の毛なら「太い」(細い)、本数なら「多い」(少ない)と変化します。
こうして反対語・類義語をあげていくと、「薄い」「浅い」「淡い」系と「深い」「厚い」「濃い」系が浮上してきました。そこに「多い」「少ない」、「長い」「短い」なども混入していることで、分類がややこしくなっているのです。さてみなさんはうまく使いこなしていますか。