🗓 2024年04月20日
吉海 直人
NHKの大河ドラマ「光る君へ」の第3回を見ていたら、左大臣源雅信家に出仕したまひろ(紫式部)が、「偏つぎ」に興じるシーンがありました。覚えていますか。これは札に漢字の偏と旁が別々に書かれていて、それを組み合わせて漢字を作るものです。リーダー格の赤染衛門が旁の札を出し、他の女性たちがそれにマッチする(漢字になる)偏を見つけるという遊びです。だから「偏継ぎ」なのでしょう。
たとえば「月」が出されたら、「日」という偏を選べば「明」になりますね。この場合もう一つ「月」を選ぶと「朋」になります。「寺」が出されれば、「言」を選べば「詩」になります。人偏なら「侍」、手偏なら「持」、行人偏なら「待」、日偏なら「時」、竹冠なら「等」、そして病ダレなら「痔」もできます。これは組み合わせの多い漢字ですね。みなさんも作ってみてください。
この場合、まひろ(紫式部)のように一人でさっさと漢字を作っていては周りの人は面白くありません。貴族はそんなせっかちな遊び方などしませんでした。それより交替で漢字を一つずつ作っていき、どちらかが漢字を作れなくなった(行き詰った)方が負けというのが優雅かと思います。これなら時間つぶしにも最適です。
ところで大河ドラマを見た読者の中には、これを「かるた」と称している人がいました。確かにまひろの取り方はまさにかるたでしたね。しかし「偏つぎ」は「かるた」ではありません。そもそも「カルタ」はポルトガル語ですから、室町時代後期以前に日本には存在しませんでした。つまり平安時代に「かるた」はなかったのです。もちろん札を使っている点は「かるた」に似ていますが、決して「偏つぎかるた」ではありませんでした(一種の絵合せ)。
実はこの「偏つぎ」のことはよくわかっていません。というのも、資料がほとんど残っていないからです。前述のように「偏つぎ」という名称からは、旁に偏をつぐ遊びということになります。おそらくそこから江戸時代あるいは明治時代になって、想像を交えて遊び方などが復元されたのでしょう。ですから平安時代のお姫様がどのように遊んでいたのかは確かめようがない幻のゲームだったのです。
もちろん「偏つぎ」は漢字遊びですから、中国から伝来したものと考えられています。ただ中国にそんな遊びがあったという報告は聞いていません。ですから日本で考案されたものかもしれないのです。今のところ奈良時代の用例は見つかっていません。平安時代も中期頃の作品にようやく登場しています。それは『公任集』の詞書、『枕草子』78段、『源氏物語』葵巻・橋姫巻、『栄花物語』月の宴巻・もとのしづく巻、『夜の寝覚』巻五などです。少ないながらも用例からは碁や双六と一緒に遊ばれていたことが確認できます。しかし鎌倉時代以降になると、『増鏡』内野の雪巻以降用例が激減しているので、遊ばれなくなったものと思われます。
ですから「偏つぎ」の古い実物も残っていません。江戸時代のものも見たことがありません。博物館などで展示されているものは、ほとんど現代に復元されたものばかりです。私の所蔵している「偏つぎ」は花札の黒札に近いもので、おそらく明治以降に作られたものと思われます。大河ドラマでは黒一色でしたが、私のものは偏が赤字で書かれたものも交じっています。枚数にしても何枚で揃いなのかはわかっていません。偏や旁が一種一枚ではすぐに行き詰るので、同じ偏や旁の札が複数含まれています。ということで総数は数百枚になります。漢字の数が多いのですから当然ですよね。
もう一つ、「偏つぎ」という名称も謎とされています。まずは「偏つぎ(継)」なのか「偏つ(突・付)き」なのか、清濁も確定できていません。「へん」も「偏・扁・片」などがあてられています。「片」は部分・片割れという意味です。『夜の寝覚』巻五では「碁打ち、偏つき」と清音に校訂されていますが、『源氏物語』では二例とも「碁打ち、偏つぎ」と濁音で表記されており、おそらくこれがそのまま遊びの名称にされているのでしょう。
ただし『公任集』の詞書や『栄花物語』もとのしづく巻には「へんつがせ」、『同』月の宴巻には「偏をつがせ」とあり、固有名詞ではなく動詞として出ています。『枕草子』も同様で、「へんをぞつく」とあってこれなど「偏を付ける」でも解釈できそうです。こういった用例を見ると、「偏を継ぐ」「偏を継がせ」というのは動作であって、本当に「偏つぎ」が遊びの正式名称だったのかどうかは疑わしいことになります。とりあえずは通称としておきましょう。
よく考えれば、旁に偏を合わせるだけでなく、偏に旁を合わせることだってできますよね。漢字ですから草冠やウ冠などの冠もあれば、門構え・病だれなどもあります。すると「偏つぎ」「旁つぎ」以外に「冠つぎ」とか「構えつぎ」などという呼び名があってもよさそうなものです。当然、横二枚という形式だけでなく、縦二枚でも漢字は作れます。場合によっては三、四枚で一つの漢字を作ることだって可能です。
ということで「偏つぎ」の実態は謎だらけだということ、おわかりいただけましたか。