🗓 2024年08月31日
吉海 直人
中華料理屋さんの店名を見ると、「福」や「龍」以外に「桃」の字がよく使われていることに気づきませんか。その理由の一つは、もともと「桃」が中国伝来の植物だからでしょう。特に中国には、「桃源郷」という理想郷がありました。陶淵明の『桃花源記』は、「桃源郷」が描かれたものとして有名です。その「桃」は長寿や健康の象徴になっています。さらに「桃」には不思議な霊力・生命力が備わっており、邪気(鬼)を祓うと信じられていました。だからこそ昔話の桃太郎は、鬼退治ができたのです。
その桃太郎の出生を調べてみると、各地にはいろんなパターンがあります。おじいさんが桃を一人で食べて赤ん坊になったという話、おばあさんとおじいさんが桃を食べて若返り、おばあさんが妊娠して子を産んだという話(回春談)もあります。現実的な話として、子供を産めないおばあさんが若い娘をおじいさんにあてがい、その娘が産んだ子を桃太郎として育てたという生々しい話もありました。はなはだしいものは、桃太郎は実は女の子だったとか、桃太郎はとんでもない悪ガキで、善良な鬼の財産を力ずくで奪ってきたというパロディものもあります。
それとは別に、風水と関わる方角として鬼門と裏鬼門があります。鬼門は丑と寅の間(北東)がそれにあたります。鬼が角を生やして虎の皮のパンツをはいているのは、丑(牛)・寅(虎)の方角からの連想でしょう。その反対が裏鬼門(南西)です。そこには申(猿)に続いて酉(雉)・戌(犬)が並んでいます。単なるこじつけかもしれませんが、桃太郎のお供をした猿・雉・犬はこの方角の並びから案出されたともいわれています。
ここでみなさんに質問です。みなさんは小さい頃に桃太郎の絵本を見た(読んだ)ことがありますよね。その絵本で「桃」がどんな形に描かれていたか、思い出してみて下さい。おそらく丸い形ではなかったはずです。昔から絵本に描かれる桃は、果物屋さんの店頭に並んでいる丸い桃とは形が違っていました。そう、絵本の桃は先がとがっていたはずです。それにもかかわらず、変だとか不思議だという声はあまり聞きません。一体どうしてなのでしょうか。
そこでとがった「桃」の正体を調べてみました。どうやらこの「桃」は、中国の「天津桃」という品種のようです。昔は普通に売られていたとのことですが、甘くてみずみずしい「水蜜桃」という品種に圧倒されて、さっさと果物屋さんの店頭から姿を消してしまいました。かろうじて群馬や奈良では、今でもわずかに生産されているとのことです。
かつて北京を訪れた際、街中でとがった「桃」を探してみましたが、どこにも見当たりませんでした。町の人に尋ねてみても、何を質問されているのかわからない様子でした。ただし万里の長城の参道で売られていたという情報もありました。あるいは北京ではなく、天津に行かなければ埒が明かないのかもしれません。そういった事情であるにもかかわらず、絵本の中ではとがった「桃」が今日まで長く幅を利かせてきました。逆に一般的な丸い「桃」は、絵本では不人気のようです。
ところでJR岡山駅前の広場には、桃太郎の銅像が設置されていますね。岡山こそは桃太郎発祥の地だと宣言しているわけです。ただし岡山が桃太郎誕生の地である証拠はなさそうです。「鬼が島」は全国至る所にあります。「黍団子」にしても、「吉備団子」と同音という以上の関係は見出せません。岡山名産となっている「桃」にしても、明治以降に栽培されるようになったとのことです。むしろ桃太郎の話を町興しに積極的に活用しているのではないでしょうか。
それとは別に、一風変った桃太郎の人形があります。それは奈良の「せんとくん」を作った薮内佐斗司さんの作品ですが、なんと生まれたばかりの桃太郎が、桃を切るために桃にあてた包丁を、真剣白刃取りしているものです。もちろんそんな展開は昔話にはありませんが、非常にユニークな構図として評判になりました(作者は類似のものを複数作っています)。最近はそれをヒントにしたゲーム「桃太郎の白刃取り」まで製作されているようです。
なお私は長崎出身ですが、長崎には「桃カステラ」という変わったお菓子があります(中国由来かもしれません)。それはお祝い事があった折に配られる縁起菓子です。カステラの生地の上に「桃」の形をかたどった砂糖菓子を載せているのですが、それが見事に先のとがった「桃」でした。小さい頃それを食べたこともあって、私は桃太郎のとがった「桃」が気になって仕方がないのです。