🗓 2022年12月19日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

令和4年10月13日、第四回北海道文化遺産選定において、「下の句かるた」が新たに北海道遺産に選ばれました。その選定理由には、

北海道へ入植した人々により大衆文化として道内に普及し、「木の札」であることに加え、小倉百人一首の下の句を読み上げる独特な競技は、ミステリアスな歴史の下、広く道民に親しまれてきた北海道特有の遊技である。

と書かれています。関係者の方々に心からお喜び申し上げます。

私は百人一首の研究者ですが、たまたまNHKの大河ドラマ「八重の桜」によって、会津藩において「下の句かるた」が行われていたことを知りました。それが現在、北海道で遊ばれていることがわかり、はるばる旭川まで大会を見学に行ったことで、ますます「下の句かるた」に興味を持ちました。
その経験から、「下の句かるた」は貴重な伝統文化なので、是非とも北海道遺産に選定されてしかるべきだと思った次第です。それには大きく二つの理由があげられます。選定理由にも触れられていますが、一つはその競技のやり方が非常に珍しいことです。一般のかるた取りは、上の句を読んで下の句札を取る方式であり、競技かるたもそれに従って行なわれています。ところが北海道に伝わっているやり方は、下の句を読んで下の句札をとる方式(いろはかるたに近いやり方)なのです。さらに競技かるたは一対一の個人戦ですが、北海道方式は三対三の団体戦に限っています。
文献をあれこれ調べてみたところ、「下の句かるた」は明治時代には本州各地でも遊ばれていたようですが、何故か第二次世界大戦後には廃れてしまい、今では北海道以外では遊ばれていません。もはや北海道が、絶滅危惧種となった「下の句かるた」の最後の砦なので、是非とも北海道で存続・継承されてほしいのです。
もう一つの理由は、使用しているかるた札が、一般的な紙製ではなく板製であることです。これも北海道では普通に用いられていますが、北海道以外では目にすることのない珍しいものです。しかも板札に書かれている文字は、昔の変体仮名に近いものであり、整然とひらがな活字が並んでいる一般的なかるたとは大きく異なっています。これは失われた古い変体仮名かるたを継承するものといえます。大人でも読めない文字なのに、北海道の小学生がそれで遊んでいるのはすごいことではないでしょうか。
現在、北海道にだけ伝承されている「下の句かるた」は、もはや北海道独自の文化遺産といえます。しかもそれは決して過去の遺物ではなく、現在も競技として盛んに行なわれているものですから、北海道の人々の手によってこれからも守っていってほしいですね。
なおそのルーツは、ほぼ旧会津藩(福島県)に求められています。幕末・明治にかけての会津藩と北海道との交流の中で、会津藩からもたらされたものの一つと考えられているのです。残念なことに、会津若松市では既にその伝統は途絶えてしまっています。そのため平成14年に刊行された『会津若松市史22』の「侍の内職」項には、

そのような中で今は失われたものの一つに板カルタがある。森林資源に恵まれた会津独特のもので、重箱やお盆製作の際に出る端材の朴板を利用したものである。この朴板に小倉百人一首墨書する。上の句、下の句がそれぞれに記され、下の句を読み、上の句のカルタを取り合うという、普通とは反対の遊び方をする。これは文化文政(一八〇四~二九)頃に武家や商家で盛んであったと言われるが、今ではほとんど行われなくなった。ところが北海道では今でも板カルタでカルタ取りが行われている。会津産板カルタが海を越えて北海道まで移出されていた名残である。本家では廃れても幸いにも大切にされていたのである。

と記されています。どうもこの記事は「下の句かるた」をよく知らない人が執筆しているようで、内容に誤りがあります。

特に「下の句を読み、上の句のカルタを取り合う」とあるところ、もちろんそういう遊び方もあることはあるのですが、少なくとも「下の句かるた」としては、「下の句を読み、下の句のかるた札を取り合う」でなければなりません。それに連動して「上の句、下の句がそれぞれに記され」とあるところは、朴板に「下の句が墨書され」と訂正すべきでしょう。また「普通とは反対の遊び方」も、「普通とは違った遊び方」が適切です。そうでないと北海道の「下の句かるた」関係者を困惑させてしまうからです。せっかくの機会ですから、本家である会津若松市でも「下の句かるた」のことをきちんと学習してはどうでしょうか。
そしてもし可能ならば、北海道と会津若松市で、記念イベントとして「下の句かるた」展の開催をお願いします。さらには北海道から「下の句かるた」を逆輸入して、会津若松市で復興させるという企画もありえます。そうすれば近い将来、小中学生による親善試合を通して、北海道と会津若松市の文化交流ができるからです。
今後、「下の句かるた」を通して、北海道と会津若松市の交流はもとより、全国物産展などでの「下の句かるた」の有効活用も考えられます。何より百人一首は、日本の古典文化を代表するものですから、小学校などで子供たちに百人一首を身につけてもらう便利な教材(教育玩具)の一つとして、「下の句かるた」が積極的に活用されることを心から願っています。