🗓 2021年11月20日
吉海 直人
みなさんは宮城県の銘菓「萩の月」をご存知ですか。私がこれを初めて口にしたのは、今から四十年も前(二十代後半)だったかと思います。というのも「萩の月」ができたのは、昭和五十四年と案外新しいからです。
確か仙台で国文学の学会があって、それに参加した際のことです。せっかくだからと名物の牛たんや笹かまぼこを食べましたが、「萩の月」のことはあまりよく知らないまま、たまたま口にしました。カステラとシュークリームを合体させたようなもので、半信半疑で口にしたところ、なんともいえずおいしかった(甘かった)ことを今でも覚えています。それ以後、同じようにカステラ生地にカスタードクリームの入ったお菓子(模倣品)が全国に何十種も登場しましたが、「萩の月」ほど記憶にとどまっているものは他にありません。
そのネーミングについて、萩市がある山口県の人の中には、何で仙台なのに「萩」なのかと疑問を口にする人もいるようです。これについては『古今集』に、
という歌があって、「宮城野の小萩」は陸奥国(現在の宮城県)の歌枕として古くから有名だったのです(山口県よりもずっと古くから関係があったのです)。
仙台と「萩」の結びつきはそれだけではありません。歌舞伎の「伽羅先代萩」という演目にも継承されています。これは仙台藩で起きた伊達家のお家騒動を描いたものですが、ここでも「萩」が用いられています(「先代」と「仙台」は掛詞)。そういった伝統の上に、「萩」が仙台のキーワードとして浮上したのでしょう。当然、宮城県の県花はミヤギノハギですし、仙台市の市花も「ハギ」でした。
「萩の月」の「月」にしても、和歌の世界では「萩」と「月」が一緒に歌われたものがあります。ただし「萩」は『万葉集』以来、「鹿」と一緒に歌われることが多い景物でした。それに比べると「月」の歌はそんなに多くありません。古い歌としては「三十六歌仙」の一人である伊勢が、
という歌を詠んでいます。いくら見ていたいといっても、涙に月を宿して見るという発想はすごすぎます。
下って『新古今集』には藤原良経の、
があげられます。また藤原定家も、
と歌っています。ただし「萩」の開花時期は「満月」以前なので、源実朝は、
とそのずれを詠じています。
下って芭蕉は『奥の細道』で、
という俳句を作っています。もっともこれらは決して仙台で詠まれたものではありませんが、こういった古典を背景として、「萩の月」と命名されたのでしょう。
ということで、商品名は萩が咲き乱れる宮城野の空に浮かぶ月をイメージしていることになります(色は黄色で形は満月ですね)。発売当初、東亜国内航空の仙台・福岡便の就航に合わせて、機内で食べる菓子として採用されました。もともと日持ちしない生菓子ですが、業界で初めて脱酸素剤(エージレス)を使うことで、賞味期限の延長を可能にしたことも特記すべきことでしょう。
もう一つ、「萩の月」が大ブレイクしたきっかけは、なんとユーミンこと松任谷由実が、当時担当していたラジオ番組で取り上げ、「萩の月を冷凍庫で凍らせて半解凍の状態で食べるのが好き」と紹介したことでした。メーカー(菓匠三全)にしても、まさか半解凍の状態で食べることなど考えてもいなかったようです。
これが電波を通して全国に流れると、試してみようと思った人が「萩の月」を求めたことで、売り上げが大きく伸びたというわけです。今では押しも押されもせぬ仙台銘菓です。電波の力はすごいですね。今度私もそうやって食べてみることにします。