🗓 2026年01月03日

 2026年1月3日15時20分現在、HPの閲覧回数は979599回です。まもなく100万回に達します。朝起きると新島八重顕彰会のHPを見るのが楽しみだと言ってくださる方もいます。徒然なるままに駄文を書いているのですが、きわめてありがたく思っています。政治家の悪口などを書くと閲覧が増えるという特徴もありますし、愚妻とのやり取りを面白く思う人もいます。また、時間がなくてHPを見れない方には八重顕彰会報を見て頂いています。今年は会員の方の参加を多くいただきました。ある方からはご自分の投稿を含め5か所に紹介されて光栄だというメールもいただきました。普段文章と縁のない主婦の方でも隠れた文才を発揮された方もいらっしゃいます。

このHP・会報からは無限の広がりが感じられます。昨年の顕彰祭では遠くからいらっしゃる方のために大龍寺の宮子さんに茶菓をお願いしました。その時間には私は顕彰祭の準備で忙しく別の場所にいたのですが「負けるが先」という同志社OBの寄稿文を見て、そんなこともあったのかと笑ってしまいました。

何よりも人と人のつながりが大事です。昨年、懇親会に三遊亭圓福師匠のお父様が参加されたのですが、1分間スピーチの中で仰られたことが記憶に残ります。「いろいろな会合に参加したが、この会には序列がない。」

顕彰祭も懇親会も、通常の会合と違い、席順は決めておりません。基本的に自由席です。ただし、市長と講演者は席を決めてます。それ以外、国会議員であろうと県会議員であろうと席に名札はつけておりません。これは顕彰会設立以来の方針です。顕彰祭・懇親会とも市長・講師の席は別として原則自由席です。

 八重が席順を決めることなどありえないからです。その証拠に農民である私の曽祖父庄伍と親しく若松の公会堂の建築現場を見に行っています。庄伍の叔父兼子重光(同志社神学校出身の牧師)と親しいこともありますが、キリストの前で万人が平等であるということを教えているからです。 

 八重は、会津の敵、基本的に薩摩藩の学生を自宅で開催した恒例の歌カルタ(会津出身の学生にはあんこ餅などをふるまった)には呼びませんでしたが、ある時薩摩出身の学生を招待しました。会津藩の同胞をいじめた薩長の出身者を毛嫌いしていた考えを止めたのです。途中から「汝の敵を愛せ」に変えたのです。

ましてや、新島八重顕彰会に参加する人に敵はいません。(長州にも会員がいます)だから、基本的に自由席なのです。

(文責:岩澤信千代)