🗓 2026年02月14日

吉海直人

ここでは新暦と旧暦のずれについてお話します。明治以前の日本は太陰暦を採用していました。といってもただの太陰暦ではありません。太陽暦との違いを閏月によって修正する太陰太陽暦でした。日本の古典を考える際は、この暦の違いが重要になります。

その太陰暦が改暦になりました。それは明治維新後のことです。文明国の仲間入りをするために、明治6年に世界共通の太陽暦(グレゴリオ暦)が導入されたのです。これは日本の国際化の一環でもありました。しかしそれによって、新暦と旧暦のせめぎあいが生じてしまったのです。というのも、西洋の暦は日本の風土・風物に適合していなかったからです。そのため150年経った今も、不具合というか違和感が続いているのです。

特に太陰暦は月の運行を基本にしているので、一日頃が新月(月が見えない)、15日頃が満月と日付に対応しています。それが太陽を基本とする太陽暦では、満月がいつなのかは暦を見てもすぐにはわかりません。

その典型的な例(被害者)が正月でした。かつて正月と立春は微妙にずれながらもかなり近い存在でした。要するに正月に春を迎えていたのです。ところが新暦になると、新年は新暦の1月1日に無理にあてはめられているのに対して、立春は旧暦換算して2月4日頃に引き離されてしまったのです。その結果、両者の間には一ヶ月以上ものずれが生じてしまったのです。

というより、新正月はそれ以前に較べて、一ヶ月以上も冬に遡ったことになります。だから新暦の正月は、春ではなく真冬に変容してしまったのです。要するに近代の正月が寒くなったのは、決して異常気象が原因しているのではなく、暦の改変、言い換えれば太陽暦採用によって本当に真冬にずらされたからなのです。それは春まだ遠き正月、鶯も鳴かない、梅も咲かない正月です。これを古典の新年にあてはめることは到底できません。それにもかかわらず年賀状の挨拶では、旧態然として真冬を「新春」とか「迎春」とか書いていますよね。これは形式的に旧暦の伝統を引きずっていることによるねじれです。

新暦で一番困っているのは、俳句の歳時記(季語)でしょう。もちろん一か月ではたいしたことない場合もありますが、季節の変わり目の時期は大混乱です。それだけではありません。目に見えないところで、古典の解釈にも多大の悪影響を及ぼしているのです。その典型というか、極端な例が節分でしたね。新暦では立春の前日に行われていますが、本来は大晦日(新年の前)に行う行事でした。それが正月(新年)と泣き別れの状態に引き裂かれているのです。このことだけでも季節感が狂ってしまいそうです。

女の子の節句である桃の節句にしても、旧暦の3月3日だったら桃の花も開花しますが、新暦では一ヶ月も前倒しにしているので、自然の開花は望めません。現在は冷蔵処理のあと加湿することで、桃を騙して開花させているようです。

その反対が七夕でした。旧暦の7月はすでに秋なのですが、新暦の7月は夏の真っ盛りです。その新暦の七夕を歳時記で「秋」と称するのは、どう考えても無理があります。体が受け付けません。むしろ歳時記が季節感を無視しているといわれても仕方ないのです。それとは対照的に、積極的に旧暦を守っているのがお盆(盂蘭盆会)ですね。旧暦では7月15日でしたが、新暦になってからは月遅れの8月15日に行っているところが少なくありません。

もう一つ厄介なのは、旧暦で12月生まれの人は、新暦に換算すると誕生年が1年後の1月になってしまいます。旧暦と新暦とで一か月以上ずれているのですからやむを得ないことです。こういった見逃しがたいずれ(違和感)が存するのですから、古典を学ぼうというみなさんは、身近に旧暦のカレンダーを用意して、常日頃から新暦と旧暦がいかにずれているか体得してはいかがでしょうか。