🗓 2020年03月28日

同志社女子大学資料センター叢書Ⅳ「山本覚馬建白【管見】」を吉海先生からご恵贈頂いたので改めて読み返してみた。「不一・・・新島八重の遺したもの」を書いているときに当然のことながら「管見」の文語体は数度読んでいて、女子教育の重要性を説いた章は取り上げた。この度改めてみ下し文・現代語訳で読むとなるほどと覚馬の先見性が見えてくる。

戊辰戦争終戦間もなく明治の45年間と大正の15年間は確かに日本の国土を守るには富国強兵の策あるのみで、ぼんやりしていたのではフランス・英国・ロシアなどに領土が侵食され当時の中国(清)のように列強の餌食になってしまっただろう。日清戦争・日露戦争を経て日本が世界の列強に伍することができたのは覚馬の「管見」(国家建設)の見通しの正確さのおかげといっても過言ではない。

しかしながら、残念ながら日本は「太平洋戦争」という破滅の道へ進んでしまった。ここに私が覚馬に望みたかったのは、富国強兵の後の国家指導者像であった。これが「管見」に欠けていたので軍部が天皇中心主義の名のもとに「統帥権」を勝手に拡大解釈し戦争の道に進んでしまった。会津の歴史はこの時「白虎隊」に見られる通り「君主の為に死ぬ」ことが「天皇のために死ぬ」に置き換えられた。会津藩の歴史いわば白虎隊の礼賛は戦争遂行のプロパガンダにされたのである。

現在の日本の置かれた状況を考えてみよう。日本の自衛隊は約23万人、朝鮮人民軍は120万人(平成23年版防衛白書)、中国人民解放軍は229万人であり、徴兵制がある国との差は歴然としている。現在の日本は私のように鉄砲の引き金を引くことができない国民がほとんどなのだ。

皆さんすでにお分かりだろう。日本は戦争をやっても勝てない国になったのだ。1945年当時も海外を見てきた山本五十六は、国力の相違から長期戦になれば必ず負けることを知っていた。

当然戦争は兵力だけでなく武器も必要だ。中国は弱点だった海軍について空母を持つなどして強力な戦闘能力を持つに至った。

さて、これからの日本は当時、覚馬の見通した富国強兵の策だけでは立ち行かないのは明白だ。もし覚馬が生きていれば正しい指針を提示してくれただろうが・・・・。世界を説得できるのはあるいは「美徳」かもしれない。

(文責:岩澤信千代)