🗓 2021年06月21日

2年前高血圧・高血糖で20日ばかり入院したことがある。新島襄は手紙魔で中には2メートルを超える手紙を同志社の弟子たちに送っていた。医者からは手紙を書くと体に良くないと聞かされていた八重は厳しく襄が手紙を書くことを監視した。その姿を見て襄は八重を「三島総監」と言って恐れた。三島総監とは福島県令を勤めた三島通庸のことである。

八重ではないが私の女房も入院以来、酒・タバコの監視がきつくなった。晩酌はそれ以来大体通常缶ビール500ml一本である。今日はたまたま、飲みながら作戦を立てるからもう少し飲ませてくれと所望した。

「この前櫻井よしこ講演会で平田村の渡辺さんからもらったおいしい焼酎はないか。」と言ったところ、「どこにしまったか忘れた。」言って出してきたのが会津美里町男山酒造の「わ」である。

これには私が「わっ」と驚いた。テレビで後継者がいなかった酒蔵を再興しようとして親戚の酒蔵を継いだ若夫婦の映像をテレビで見ていたからである。会津ハイテクプラザの鈴木さんが指導している姿も映し出された。今年の鑑評会で金賞は逃したものの、初めて入賞した。

応援してくれた周りの人の「和」「輪」のおかげで酒造りが出来たので「わ」と命名したという。

美里町の住所を調べて買いに行こうと決めていたところであった。26日に行く青森県むつ市の関係者のお土産にしたいと考えていたのである。

飲んでみてこれはいけると思った。金賞を受賞するのは近いうちに実現するだろう。飲むと甘い感じが残る他の会津産日本酒とは違う。

女房は「あなたが誰からかもらった酒をしまっておいた。」という。このような新種の酒を誰が持ってきたのだ?誰が持ってきたか思い出せない。悩みがまた一つ増えた。

(文責:岩澤信千代)