🗓 2024年06月07日
ネットで大奥の解説を見ていた。最盛期大奥では3000人の所帯であった。将軍の正室は御台所と呼ばれていた。その方のおやつの時間が午後2時(八つ時)だったそうだ。大奥はいわば籠の鳥だ。楽しみは限られていた。貝合わせなどの遊びををして一日をやり過ごすことしかない。その時に人気があったのは御用達「虎屋の羊羹」だったらしい。大変高価なもので今でも人気が高い。ある時期女房の兄からの進物は虎屋の羊羹だけであり、閉口した時期もあったが、今では東京に行っても高くて買えない。
食事は将軍・御台所の口元に届くまで幾人かの毒見役の味見をしてから届くのに2時間くらいかかるので冷めてしまっている。初めて知ったが毒見役が食べてから30分経って異常がなければ次の順番に回るらしい。当然2時間は優に超える。最後に食べる時は火鉢で温めて食べることもあったらしい。冷えたみそ汁など食べれるものでない。
よく聞くと大奥は不便なことだらけだったようだ。おとぎの時も御台所は免除されたが、側室の場合はは一人ずつ監視役が添い寝したらしい。将軍に勝手におねだりをしたりするのを防ぐためらしい。確かに将軍の寵愛を受けて親族の出世など頼み込むこともできるからだ。 合理的ともいえるが、行為をする二人も監視する二人にとってもいい役回りとも思えない。
将軍の食事にはてんぷらは厳禁だったようだ。初代将軍徳川家康は鯛の天ぷらを喰った後、死亡した。それでタブーになったのかと思ったら、そうではなかった。てんぷらを作っていた時に江戸城が火事になり100人以上焼け死んだらしい。いわゆる火災防止の観点からだそうだ。
とにかく世の中は住みずらい。金は無くとも自由がある庶民と高貴な身分の為自由がない人と比較してどちらがいいですか。ちなみに大奥の最上流階級の年収は金品のほかに現物支給もあり、現在の2000万に相当するらしい。但し、上流階級になると情報漏洩防止の為、江戸城で生涯を終えなければならない。下級の女中は退職して「大奥勤めをした」という箔がついて幸せな結婚生活を送ることができたという。
(文責:岩澤信千代)