🗓 2025年07月24日

「黒猫のタンゴ」で一世を風靡した皆川おさむさんが逝去された。驚いたのは年齢である。私と10も離れていなかった。270万枚のレコードを売り上げたそうである。「泳げたいやきくん」と同様、巷に多く流れた国民的大ヒット曲であった。

 葬儀は東京都目黒区碑文谷1の22の22の円融寺で行われるという。円融寺は二子山部屋の豆まきが行われたところで貴乃花・若乃花兄弟のサイン入りの桝を今も大事にしている。私は渋谷支店にいた時に2回豆まきに参加した。バレーの川合 俊一も大林素子ともあった。写真も遺っている。二代目若乃花・貴乃花と写った写真も数枚ある。

 大事なお客がバイクの事故で無くなり円融寺で行われた葬儀にも出席した。桜満開の季節であり、人の命が散るときと桜が散る時期の葬儀は何故かむなしかった。数十年経ち郡山の叔父が今年亡くなったが。やはり桜の時期のお別れは寂しさが倍増する。今でも桜の季節の葬儀は好きではない。円融寺の葬儀の後、麻布飯倉片町の「野田岩」のウナギを食べた。4代目だったか5代目だったか。天下の野田岩のウナギは実に美味しいのだが、お世話になったお客様の顔を浮かべると苦いものに感じられた。

 円融寺は江戸最古のお寺である。途中で宗派も変わったが由緒あるお寺である。その頃近くにダイエーの旗艦店碑文谷店があったが今はどうなっているのだろう。

(文責:岩澤信千代)