🗓 2021年10月02日
吉海 直人
2020年は新型コロナウィルスの話題から始まりました。予防のための「マスク」も品薄状態が長く続きましたね。当分「マスク」は手放せそうもありません。そこで「マスク」の歴史について調べてみました。そもそも「マスク」は外来語ですから、日本にはなかった文化です。日本は江戸時代にずっと鎖国をしていたので、必然的に「マスク」は明治以降に輸入されたものと考えられます。
もっとも神事では、穢れた息がかかるのを避けるために、榊の葉や和紙を口に挟んで奉仕することが古くから行なわれてきました(鼻は隠しません)。また便所などの臭気を避けるために、公家では「鼻袋」を使っていたことが『俚諺集覧』(1797年頃)に見えています。ちゃんと紐で耳に掛けていたので、「鼻袋」がマスクの日本語訳といえそうです。
ここであらためて「マスク」の意味を辞書で調べてみると、①仮面・面、②口を覆う衛生具、③野球やフェンシングの防具、④ガスマスクなどの防毒具、⑤デスマスク、⑥顔・容貌、などと出ていました。意外に汎用性が高いようです。この説明によれば、「衛生マスク」以外にツタンカーメンの黄金の「マスク」など、顔を覆うもの全般に用いられていることがわかります。ただし「甘いマスク」というのは、仮面など付けていない素顔のことです。本来素顔(自分であること)を隠すものだとすると、⑥の用法は例外になります。ふとマスクメロンが思い浮かびましたが、これは甘い香りということで麝香(musk)からきた別の言葉でした。
もちろん「マスク」は仮面や覆面が本道です。「オペラ座の怪人」の仮面も印象的でしたね。ただし古代の日本では、「仮面」という言葉は定着しておらず、伎楽や能では単に「面」(おもて)と称されています。その起源は中国の『周礼』に出ている「方相氏」に求められますが、これは追儺(節分)における鬼の起源でもありました。
「仮面」という言葉は新しく日本に定着した言葉で、戦後のテレビの普及に起源が求められています。大ヒットした「月光仮面」がその1つです。もっとも月光仮面は仮面ではなく、覆面とメガネでしたよね。それが仮面ライダーの人気によって、変身というスタイルが確立し、さらに光戦隊マスクマンなども登場します。三島由紀夫の『仮面の告白』も印象的でした。
さて本題の衛生マスクですが、これも大きく二つに分けられます。一つは職業用・作業用で、もう一つは私用・家庭用です。江戸時代後期に石見銀山で「福面」(覆面?)と称するマスクが用いられていたのが古い例です。明治以降になると広く工場や採掘現場で粉塵用として使用されるようになりますが、一般家庭にまで普及することはありませんでした。ところが大正8年にインフルエンザが大流行したことで、予防のための「マスク」が出回ることになります。それに続いて大正12年の関東大震災でも、「マスク」の需要が大幅に伸びました。
第二次世界大戦後、「マスク」は日常生活の中で使われるようになってきました。周期的に繰り返されるインフルエンザだけでなく、黄砂や花粉症対策の必須アイテムとして、さらにはPM2.5(科学物質)、サーズなどの予防にも用いられています。平成7年の阪神淡路大震災や平成23年の東北大震災もあげられます。
そもそも人間の口と鼻は空気の出入り口です。ですから「マスク」は、体内の菌を外に撒き散らさないようにする役目と、反対に外に浮遊している菌を体内に吸い込まないように予防するという両方の効果が期待されています。ただし科学的にどれだけ予防効果があるかは未だ実証されていません。放射線を防ぐことなど所詮無理な話です。新型コロナウィルスでも、当初WHOはマスクの効果に否定的でした。むしろ非科学的なお守り的心理的効果と考えられたようです。
そこからさらに女性がすっぴんであることを隠すためとか、口臭を隠すためとか、「マスク」着用の理由(用途)はどんどん多様化しています。遂には「マスク」依存症という言葉まで登場しているとのことです。もはやファッショングッズになっているのではないでしょうか。ただし、「マスク」によって顔(特に口)の表情が見られないことで、人間関係に摩擦が生じる場合もあります。悪いことをしている(防犯カメラを警戒している)のではないかと勘ぐられたり、他者とのコミュニケーションを拒否していると思われたりするからです。
こうして近代に至って、「マスク」が急速に普及・定着してきたわけですが、それは必ずしも世界的な傾向ではありませんでした。むしろ「マスク」は日本人に適しているようで、日本人は必要もないのに「マスク」をしているという外国人の批判もあります。要するに日本人は「マスク」が好きなのです。ここまでくると、もはや「マスク」は日本固有の文化といえるかもしれません。
とここまで書きましたが、令和2年に勃発した新型コロナウィルスの蔓延が、「マスク」に対する考え方を大きく変えたようです。アメリカでもヨーロッパでも「マスク」の着用を訴えており、もはや「マスク」の効果を疑う人はほとんどいなくなりました。もっとも「マスクの素材も重要で、やはり性能のいい不織布(ポリプロピレン)を使って鼻まで覆ってください。