🗓 2022年11月19日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

みなさんは「すすき」と聞いて何を連想しますか。1番は月見団子の必須アイテムとしての「すすき」でしょうか。北海道好きな人は札幌市の繁華街「すすきの」かもしれません。文学好きの人なら、小野小町の髑髏どくろ説話を想起するはずです。これは野晒しの髑髏の目の穴から「すすき」が生えており、それを歌に「あなめあなめ」(ああ目が痛い)と詠んだという説話です。もちろんその髑髏が小町の成れの果てでした。
 ところで「すすき」を漢字で書けますか。一般には薄いという「薄」ですね。もう1つ「芒」もあります。嵯峨野には「芒の馬場」という地名もあります。こちらの方が正しい表記ともされています。では「すすき」の別称(異名)はご存知ですか。まずは「尾花」ですね。これは「すすき」の花穂が馬の尻尾に似ているところから命名されたものです。
 『万葉集』では「尾花」が多くて19首、「すすき」は17首(計36首)詠まれています。特に秋の七草の一種として、

萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花(1583番)

が有名ですね。この歌では萩が1番で尾花が2番ですが、別に、

人は皆萩を秋といふよし我は尾花がうれを秋とはいはむ(2114番)

と萩よりも尾花がいいとする歌もあります。

その尾花が風に揺れているところは、いかにも女性が手招きしているように見えるので、

吹く風になびく尾花をうちつけにまねく袖かと頼みけるかな(貫之集)

などとも詠まれています。また花穂を強調したのが「花すすき」で、

今よりは植ゑてだに見じ花薄穂に出づる秋はわびしかりけり(古今集242番)

とあるように、「穂に出づ」(隠していたものがあらわれる)と表現することによって、恋の歌に詠まれています。

秋の草であることは『枕草子』65段でも、

秋の野のおしなべたるをかしさは薄こそあれ、穂先の蘇芳に、いと濃きが、朝霧に濡れてうちなびきたるは、さばかりの物やはある。(121頁)

と評価されているし、『徒然草』にも「秋の草は、荻・薄・桔梗・萩・女郎花・藤袴・紫苑」などとあげられています。また、

秋の野の草の袂か花薄穂に出でて招く袖と見ゆらん(古今集243番)

歌も引用されています。

その他、「敷波草」「袖振草」「乱草」「露見草」という別称もあります。また枯れた「すすき」は「枯れ尾花」と称されています。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という川柳がありますね。これは横井也有の俳文集『鶉衣』に「化物の正体見たり枯れ尾花」とあって、その句が変化したものと考えられています。
 もう一つの別称として、「萱・茅」(かや)があります。これは薄に限らず、荻や茅萱も含まれています(「荻」と「薄」の穂はよく似ています)。かつて農家では茅葺屋根の貴重な原料でした。そのためわざわざ萱場を設けていました。今でも日本橋には茅場町という地名が残っています。また茅は家畜のエサとしても利用されていました。最近では使われなくなったこともあって、「すすき」の草原が消えて雑木林になっているところも少なくありません。
 興味深いことに、現在この「すすき」が北米に外来種として入り込み、かなりはびこっているとのことです。「セイタカアワダチソウ」と逆の経路をたどって、外国に伝播しているわけです。日本だけが外来植物の被害者ではなかったのです。