🗓 2024年10月12日

吉海 直人

みなさんは「風が吹けば桶屋が儲かる」という言い回しを聞いたことがありますか。私も小さいころ、父が得意そうに講釈している姿を今でも覚えています。これを「デジタル大辞泉」で調べてみたところ、

意外なところに影響が出ること、また、あてにならない期待をすることのたとえ。風が吹くと土ぼこりがたって目に入り盲人が増える。盲人は三味線で生計を立てようとするから、三味線の胴を張る猫の皮の需要が増える。猫が減るとねずみが増え、ねずみが桶をかじるから桶屋がもうかって喜ぶということ。大風が吹けば桶屋が喜ぶ。

とありました。「風が吹けば」から「桶屋が儲かる」までにいくつもの紆余曲折があるので、簡単には結びつかないところが面白いのでしょう。まるで落語みたいですね。

ではこれはいつごろから言われているのかご存じですか。いろいろ調べてみると、明和五年(1768年)に刊行された『世間学者気質巻三』(無跡散人著)が出典としてあげられていました。そこには三郎衛門が金の工面を思案するくだりに、

けふの大風で土ほこりが立て人の目のなかへはいれば、世間にめくらが大ぶん出来る。そこで三味線がよふ売れる。そうすると猫の皮がたんと入るによって、世界中の猫が大分減る。さうなれば鼠があばれ出すによって、おのづから箱の類をかぢりおる。爰で箱屋をしたらば大分よかりそふなものぢゃと思案は仕だしたも、是も元手がなふては埒明かず。

とありました。

また十返舎一九の『東海道中膝栗毛二下』(享和三年)にも、

まいにちまいにち、とひやうもなく風が吹いて、お江戸ではがいに、砂ぼこりがたち申すから、おのづと人さアの目まなこへ、砂どもがふきこんで、眼玉のつぶれるものが、たんと出来るだんべいとおもつたから、そこでハア、わしが工夫のウして、せけんの俄盲が、外にあじやうせう事はなし、みんな三味のウならはしやるだんべい。そふすると三味せんやどもが繁昌して、せかいの猫どもが打殺されべいから。そこで鼠どもがづなくあれて、んでもせけんの箱どものウ、みんなかぢりなくすべいこたア、目の前だアもし。コリヤハア、ここで箱屋商売のウおつ初めたらうれべいこたアちがいはないと、あにがハア身上ありぎり、箱どものウ仕入たとおもはつしやい(114頁)

と引用されていることがわかりました。ただし箱を売って儲かったわけではありません。「ひとつもましない」とあって、儲からなかったことがわかりました。ついでに小学館の新編日本古典文学全集で確認してみたところ、頭注に、

この大風が吹けば箱屋がもうける話は『笑話出思録』(宝暦五年)の「迂計」(ここでは「厨箱巧」)とある)。『巷談奇叢』(明和五年)の「箱巧喜旋風」、『世間学者気質』(同年)三の二(「箱屋」とある)などに見える。後には「しみのすみか物語」(文化二年)にもある。いずれかによったものであろう。

というありがたいコメントが施されていました。これによれば明和五年の『世間学者気質』よりもっと前の宝暦五年(1755年)まで初出が13年も遡ることになります。

それだけではありません。現在は「桶屋が儲かる」で統一されていますが、江戸時代にはむしろ「箱屋」とあったことがうかがえます。『世間学者気質』も『東海道中膝栗毛』も箱屋ですね。一番古い『笑話出思録』では「厨箱巧(さしものし)」ですが、指物師・箱屋・桶屋は似たような職業なのでしょう。そのため「箱屋」が後に「桶屋」に転じたとされています。
 それだけではありません。調べているうちに、「風が吹けば桶屋が儲かる」に類似した「大風が吹けば桶屋が喜ぶ」という言い方もあることがわかりました。ただしどちらが先でどちらが後なのかはわかりません。