🗓 2021年09月11日
吉海 直人
またまたお菓子にこだわった質問です。小麦粉を主体として、中に餡が入った焼き菓子といえば、あなたは何を想像しますか。「たい焼き」ですか、それとも「大判焼き」ですか。では「たい焼き」と「大判焼き」は何がどう違うのでしょうか。材料はほとんど一緒です。歴史を紐解いてみると、「たい焼き」は明治時代までしか遡れません。「大判焼き」は江戸時代からですから、「たい焼き」は「大判焼き」から派生したといえそうです。ただしできあがりを見ると、「たい焼き」の方は生地を薄手にして、カリッと焼き上げています。それに対して「大判焼き」はふんわりしています。形と焼き上がり、この2つが主な相違点ということになります。
今回問題にしたいのは、「大判焼き」に別称が異常に多いということです。どうやら「大判焼き」にも、地域による名称の違いが認められそうです。あなたはいくつ知っていますか。調べて見たところ、全国的に一番流通しているのは、「大判焼き」のようです。面白いことに、これは愛媛県松山発祥とされています。
それに対して「今川焼き」も全国区ですが、特に首都圏に密集して使われているとされています。それというもの「今川焼き」は、江戸の今川橋付近で売られていたという由来があるからです。地名に起因する名称なので、東京近辺に多いことも頷けます。いずれにしても「今川焼き」が名称としては一番古いようです。安永6年(1777年)の名物評判記『富貴地座位』に、「今川やき 那須屋弥平 本所」とあるのが最古の記録です。
3つ目に「回転焼き」があげられます。これは主に西日本に多いとされています。もともとこの名称は、お菓子を焼く道具が回転することから、そのまま「回転焼き」と称されるようになったとのことです。この3つが地域的な呼び方の代表例とされていますが、かなり入り混じっているようです。もちろんこれ以外にもいろいろな呼ばれ方があります。例えばお菓子の形から、「太鼓焼き」とか「太鼓饅頭」とも言われています。私は長崎出身ですが、小さい頃「太鼓饅頭」と言っていた記憶があります。これは同音の「太閤焼き」(大阪)や「大幸焼き」(兵庫)、さらに「大砲焼き」(鹿児島)にも変化しています。
広島では「二重焼き」と呼ばれています。これは別々に焼いた2つの生地を重ねて作ることから派生したものです。兵庫県では一風変わった「御座候」という名称になっていますが、これは店舗の名称が商品名に転化されたのでしょう。「えびす焼き」もヱビス屋の商品名です。富山の「七越焼き」にしても、七越という店の商品名です。また滋賀県長浜では「暫」という名で流通しています。これはもちろん歌舞伎十八番の演目からの命名です。
その他、信州上田では「自慢焼き」と言われています。茨城近辺では「甘太郎」という名が一般的です。土浦では「どてきん」、山形県では「あじまん」として売られています。四国松山の「日切焼」は、日切地蔵の境内で売られていたものです。静岡県藤枝市では「黄金まんじゅう」と称されています。三重では「天輪焼き」など、所変われば名前も様々ですね。
意味不明の名称としては、赤穂浪士に因んで「義士焼き」、岡山の「夫婦まんじゅう」などがあげられます。横文字の「スミス焼き」というのは、スミスさんが飛行機の曲芸(宙返り)を見せたことから、それに「回転焼き」の回転を重ねたハイカラなものです。
それは違うだろうという名称も流通しています。たとえば「どら焼き」です。これは「大判焼き」とは別種の菓子のはずですが、東北・北海道では「大判焼き」の別称として立派に流通しています。かつては同種の桃太郎焼きもありました。
同じく東北・北海道では「おやき」とも呼ばれているようです。これも信州名産の「おやき」の方が一般的ですよね。また福島県では「きんつば」という名称の方が一般的ではないでしょうか。会津若松は「太郎焼き」でしょうか。京都の「きんつば」(和菓子)とは随分違いますが。
なお京都の「ロンドン焼き」は、「大判焼き」とは似て非なるものです。兵庫の「人工衛星饅頭」も、別称とは言えそうもありません。三重県の「蜂蜜饅頭」も微妙に形が違っています。北陸の「六法焼き」にしても、四角い六面体にしているので、「大判焼き」とは別物です。いかがですか、「大判焼き」は、こんなにたくさんの名称を持つお菓子だったのです。ところであなたは何派ですか。