🗓 2022年12月24日
吉海 直人
正月が近づくと、子供たちに配るお年玉用の「ポチ袋」がよく売れます。では「ポチ袋」とは、一体いつから使われるようになったのかご存じですか。子供用のお年玉袋ですから、高額のお金を入れるものではありませんよね。そこで「わずかな・少ない」という意味で、「これっぽっちの小銭を入れる袋」が縮まって「ポチ袋」になったという説も有力です。NHKの「チコちゃんに叱られる」(昨年の1月7日放送)でも、それが正解になっていました。
なお「ぽち」「ぽっち」は「点」のことも意味しています。ですから「点袋」と書いて「ぽちぶくろ」と読ませています。ただし「ポチ袋」の明治以前の例は見当たりません。文学作品にも出てきません。そこで「ポチ」についてあらためて取り上げてみました。
語源説の一つとして、関西弁で「ちょっと」という意味をあらわす「ぽちっと」(「ぽつんと」・「ぽつりと」も同義)から誕生したという説もあります。ただし「ぽちっと」の古い用例も見当たりませんでした。そもそもご祝儀(心付け・チップ・おひねり)というのは、たくさんはずむ方が喜ばれますよね。最初から少ないというのは、「粗品」と同様の謙遜表現とも考えられます。
そのためか「ぽち」は関西方言で、もっぱら京都の旦那衆が花街で舞妓さんなどに与える祝儀を入れるために、わざわざ版画商に作らせた派手目の絵のある祝儀袋のことだとも説明されています。それがいつしか一般家庭にまで広がり、お年玉袋としても使われるようになったというわけです。
それで済めばいいのですが、「ぽち」にはなんと外来語起源という説もあります。犬に「ポチ」という名前をつけたのは、どうやら外国人だったようだからです。というより「プチ(petit)」というのは、フランス語で小さくてかわいいという意味なのですが、犬に向かってフランス人が「プチ」といっているのを聞いた日本人は、「ポチ」というのは犬の名前だと勘違いしたそうです。これはアメリカ人が犬に「カメヤー(カムヒアー)」といっているのを聞いて、犬の名前を「亀(かめやー)」と勘違いしたケースと似ていますね。
この外国語由来については、ちゃんと「日本国語大辞典」の補注に、
と記されていました。確かに英語で「斑」のことを「スポッティ(spotty)」といいます(スポットライトのスポットです)。これが日本人の耳には「ポッティ(ポチ)」と聞こえたのです。また「ポーチ」は小物入れの意味もありますが、「ポチ」「パッチ」は「斑点」(ブチ)の意味もあります。
こうしてみると、外国語由来説も捨てたものではなさそうです。特に犬に関する説明はわかりやすいですね。その証拠に、昔話『花咲か爺さん』の飼っていた犬は、古くは神の使いということで「白」という名前だったのですが、明治34年にできた童謡では名前が「ポチ」に変更されています。みなさんも「裏の畑でポチがなく」「いじわるじいさんポチかりて」と歌った記憶があるはずです。「ポチ」という名前が定着すると、斑点がなくても「ポチ」と名付けられるようになりました。
ここで「ぽち」の古い用例を探したところ、天保十年(1839年)に上演された上方歌舞伎『傾城浜真砂』の三幕目に、
というセリフに出てきました。さらに遡って宝暦9年(1760年)成立とされる『おさめかまいじょう』という遊女のための秘技指南書に、「ぽちはずめば」「ぽち出して」と出ていることが報告されています。現在のところこのあたりが「ぽち」の資料的上限、つまり「ぽち」(心付)の初出と見てよさそうです(同類の「花」はもっと古い1650年頃の例があります)。これを信じれば「ぽち袋」外来語説は成り立たなくなります。
それにしても江戸時代に「ポチ袋」の用例は見当たらないので、明治以降の新しい言い方といってよさそうです。というより、古くは「ぽち」だけで心付けを意味する花街用語だったことになります(袋でなくてもかまいません)。しかも『分類京都語辞典』では、「京阪」では「ポチ」・東京では「御祝儀」と、東西で使い分けられていたと説明しています。どうやら「ポチ袋」は、関西の文化がお年玉袋として全国に広まったようです。