🗓 2023年05月13日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

「柿の種」と耳にすると、みなさんは何を思い浮かべますか。『猿蟹合戦』の柿の実の種でしょうか。それともあられの一種である「柿の種」という米菓でしょうか。幼少の頃の私は辛い物が苦手だったので、唐辛子の利いた醤油味の「柿の種」は好物ではありませんでした。というより、「柿の種」の中に混ざっているピーナッツだけを選り分けて食べていた記憶があります。という以上に、「柿の種」と「柿ピー」の区別さえもできていませんでした。
 ここでNHKテレビ「チコちゃんに叱られる!」の登場です。2020年3月11日(金)の夜に放送された「チコちゃんに叱られる!」で、「なんで柿の種はその形なの?」という問題が提出されたからです。回答者から正解が出なかったので、チコちゃんが答えたのは「社長の奥さんのうっかり」というなんとも奇妙なものでした。そこで調べてみることにした次第です。
 NHK(公共放送)は例によって業者の名前を出しません。単に米菓販売会社としていました。そのため私は大きな過ちを犯しそうになりました。というのも、私が知っている「柿の種」のメーカーは「亀田製菓」だったからです。ところが「亀田製菓」の創業よりずっと早くに「柿の種」は販売されていたのです。
 放送で名前の出ていた今井與三郎さんと妻のさきさんで調べると、すぐに「浪花屋製菓」が見つかりました。「柿の種」を考案・販売したのは、この夫婦だったのです。二人は大正12年に長岡市でせんべい屋を始めました。そこに大阪出身の青年がやってきて、大阪のあられの製法を教えたことがきっかけで、小判形のあられを開発・販売しました。そのために特注して作った金型を、さきさんがうっかり踏みつけてしまったそうです。
 その金型で三日月形のあられを作り、スパイスのきいた味付けにしたところ、ハイカラ好きな大正人に受けて大評判になりました。前のように「小判型あられ」のままでは通らないので、新しい名前を考えました。形が柿の種に似ていたことで、そのまま「柿の種」という商品名にして売り出したそうです。もちろん柿の種といっても、柿の種類によって種の形はかなり違っています。これは新潟県特産の大河津という甘柿の種に由来しているとのことです。
 なお、新潟のせんべい屋なのに、何故「浪花屋」なのでしょうか。それはあられの製法を教えてくれた大阪の青年に因んで命名したからです。当時のことですから、商標登録することもなかったようです。しかも製造方法も秘密にしませんでした。ということで「柿の種」が売れるのを見て、類似した商品を販売する業者がいくつも出てきたのです。
 現在売り上げの多いおかきのメーカーは、1位「亀田製菓」、2位「でん六」、3位「岩塚製菓」、4位「三幸製菓」、5位「ブルボン」だそうです。ベストファイブに元祖・浪花屋製菓は入っていません。亀田製菓が業界トップの理由は、昭和41年に発売したピーナッツ入りの「柿ピー」が大ヒットしたことでした。どうやら私は亀田製菓の「柿ピー」を食べていたようです。また昭和52年に、缶入りではなく湿気ないように個包装した「フレッシュパック」を発売しました。これがビールのおつまみ(乾きもの)として大ヒットしたことで、「亀田製菓」は「柿の種」市場の売り上げの五割以上を占めるようになったのです。
 その後も「柿ピー」は長く売れ続け、平成19年には日本の菓子の中で、売り上げトップを記録しました。また令和元年には、「柿ピー」に入っている柿の種とピーナッツの配合比率についての国民投票まで行っています。従来の黄金比率は六対四だったのですが、消費者の声は七対三という結果でした。そこで翌令和2年から、思い切って比率を七対三に変更して販売しているそうです。私としては、ピーナツの量が多い方がいいのですが。
 もちろん市場は日本だけではありません。既に美濃屋あられ製造本舗は、トモエブランドとしてハワイへの輸出を行っています。亀田製菓は中国やカンボジアへの輸出を手掛け、そして「カメダクリスプス」という名称でアメリカでの販売も促進しています。近い将来、「カキノタネ」で世界中に通用する日が来るかもしれません。
 なお亀田製菓は、10月10日を「亀田の柿の種の日」に制定しています。もちろんこれは柿の種が誕生した記念日ではなく、数字の「1」が柿の種で「0」がピーナツを表わしていることによるそうです。