🗓 2024年11月09日

吉海 直人

みなさんは「キギス」という言葉をご存知ですか。「キギス」は「キジ(雉子)」の古名です。『和名類聚抄』という古辞書には「岐々須」と表記されています。以前に「ツバメ」(ツバクラメ)「カモメ」「スズメ」の「メ」と同様に、「ウグイス」「ホトトギス」「カケス」「カラス」の「ス」も鳥を表す語だと説明しました。この「キギス」もその仲間になります。
 ではこれを踏まえて質問です。みなさんは「キジ」の出てくる文学作品をいくつあげられますか。真っ先に思い浮かぶのは、おそらく「桃太郎」の家来の「キジ」でしょう。実は「キジ」は国産の留鳥(固有種)で、対馬と北海道を除く日本全土に生息しています(対馬と北海道には高麗きじが繁殖しています)。そのため文学への露出度は高く、『古事記』上巻の天孫降臨神話にも、地上に降りた天稚彦あめわかひこが何年も帰ってこないので、「雉」を偵察に行かせたところ、天稚彦はその雉を射殺してしまったので帰ってきませんでした。そこから「雉子の頓使ひたづかい」ということわざができたとされています(使いは一人でやってはいけないということです)。
 同じく八千矛神の歌にも、

青山に鵺は鳴きぬさ野つ鳥雉はとよむ庭つ鳥鶏は鳴く

と「鵺」や「鶏」と一緒に「雉」が詠まれています。「とよむ」というのは大きな声で鳴くことです。この「雉」は「鶏」の仲間ですから、

野つ鳥雉子はとよむ家つ鳥鶏も鳴く(万葉集3310番)

のように対比させられています。この場合、「鶏」は家の庭で飼われている鳥で、「雉」は野にいる鳥となります。

ただし鳴き声は異なっていますよね。「キジ」の鳴き声は、ご承知の通り「ケーン」です。『名語記』という辞書には「けいけい」泣くから「けいけいす」で、それが「キギス」の語源とされています。ちょっと苦しいですね。それ以外に、「キジ」は「ホロロ」とも鳴くとされています。たとえば『古今集』には、

春の野のしげき草葉の妻恋に飛び立つ雉子のほろろとぞ鳴く(1033番)

とあります。また『夫木和歌抄』巻五には和泉式部の、

かりの世と思ふなるべし春の野の朝たつ雉子ほろろとぞなく(1785番)

と出ています。

面白いというか紛らわしいことに、「山鳥」も同じように「ほろほろ」と鳴きます。それは『玉葉集』巻十九にある行基の、

山鳥のほろほろと鳴く声きけば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ(2628番)

でわかります。「雉」と「山鳥」の鳴き声の表記は似ています。ただしこれを鳴き声とせず、羽ばたく音(ほろ打ち)とする説もあります。なお外国には、同じく「雉」の仲間で「ホロホロ鳥」がいますが、原則日本には生息していないので、混同されることはありません。

さて『万葉集』には「キギス」が八首詠まれています。その中では大伴家持が、

春の野にあさる雉子の妻恋ひにおのがあたりを人に知れつつ(1446番)
杉の野にさ踊る雉子いちしろくにしも泣かむこもり妻かも(4148番)
あしひきの八つの雉子鳴きとよむ朝明あさけの霞見れば悲しも(4149番)

と「キギス」を三首も詠んでいました。もちろん家持は『万葉集』の一割以上も歌を詠んでいるので、たいていの歌語は家持が一番多く読んでいるという結果になります。

「雉」が歌に詠まれるのは、繁殖期に雌を求めて雄が鳴くからでしょう。そのため「雉」は鹿の鳴き声と並んで、「妻恋ひ」の代表的存在とされています。ただし鹿は秋に鳴き、「雉」は初春に鳴きます。ということで、二十四節季に含まれる七十二候中の六十九候「雉始雊きじはじめてなく」は、新暦では正月中旬頃にあたります。
 話は変わりますが、みなさんは「雉も鳴かずば撃たれまい」ということわざをご存じですよね。これは説話の世界の話ですが、1360年頃成立の『神道集』に次のような歌が出ています。
  ものいはじ父は長柄の人柱鳴かずは雉も射たれざらまし
 今のところこれが一番古い資料のようです。長柄の橋を造営するに際しての人柱伝説ですが、これが昔話として全国に伝播していったようで、長野県や石川県などでも話が採取されています。こういった古くからの活躍が認められたこともあって、「雉」は日本の国鳥にされているのです。