🗓 2025年10月13日
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寄留様からのご紹介
若林悠著『幕末〈暗号〉解読記』を読み終えました。本書と平行して、NHKの大河ドラマ『八重の桜』を再視聴していましたので、幕末の会津藩を襲った理不尽な「戊辰戦争」について、改めて深く考察することができました。
本書は、幕末の浮世絵に秘められた「暗号」を読み解くことで、当時の江戸庶民の知性と情報感度を鮮やかに浮かび上がらせることができる一冊となっています。若林悠氏は、豊原国周の風刺画シリーズ「善悪鬼人鏡」を丹念に分析し、絵に込められた政治的メッセージや庶民の感情を解読していきます。私は、絵の中に潜む「隠された意味」を追うことで、まるで江戸時代の情報戦に参加しているかのような知的興奮を味わいました。
本書の魅力は、何よりも江戸庶民の「読み解く力」に光を当てている点にあると言えるでしょう。テレビも新聞もない時代、庶民は浮世絵というメディアを通じて政治や戦況を読み取り、時に批判し、時に応援しました。例えば、「6 勝海舟 宇治常悦」
(72頁)では、江戸時代の実在の学者・由井正雪を宇治常悦という人物に見立て、勝海舟(=宇治常悦)について暗に長州藩や薩摩藩の手先だと指摘しています。浮世絵の中で、着物の柄や持ち物、背景の星の数などが巧妙に配置され、彼が薩長の手先で
あることを暗示しているのです。こうした「暗号」を理解できた江戸っ子の知的水準の高さに驚かされると同時に、現代の我々がオールドメディアと呼ばれる既存の新聞・テレビに抵抗する形でSNSを駆使して権力に抗っている姿と、形こそ違え共通す
る何かがあるような気もするのでした。戊辰戦争のさなか、江戸の庶民がどのように両軍を見ていたか、どのような感情を抱いていたかが、浮世絵を通じて立体的に描かれていますが、ともすれば勝者の歴史に埋もれがちな庶民の視点を掘り起こす試みは、歴史を「生きたもの」として捉える上で非常に意義深いことだと思います。
さらに、浮世絵という視覚芸術を通じて、江戸時代の言論統制下でも「言いたいことを言う」ための工夫と情熱が伝わってきます。役者絵に仮託された政治批判は、まさに知恵とユーモアの結晶であり、現代の風刺漫画にも通じる表現の力を感じさせま
す。こうした表現文化の豊かさは、江戸という都市の成熟度を示すものでもあるでしょう。本書は、庶民の声なき声を拾い上げることで、幕末という時代の多層的な実像を描き出し、過去の声を現代に届けるメッセージでもあります。私たちもまた、日々の情報の中に潜む「意味」を読み解く力を養うべきだと痛感しました。