🗓 2025年11月08日
吉海 直人
みなさんは「WAになっておどろう~イレアイエ~」という歌を知っていますか。NHKテレビの「みんなのうた」という番組で聞いたことがある、という答えが聞こえてきそうです。確かにこの歌は平成9年(1997年)の4、5月に放送されています。リクエストが殺到して、その後何度も再放送されているとのことです。
この曲の作詞・作曲者として長万部太郎という名前が記されていますが、これは角松敏生の別称です。これがみんなのうたで流れている同じころ、AGHARTA(アガルタ)というバンドが「WAになっておどろう~イレアイエ~」のみんなの歌バージョンと、「イレアイエ~WAになっておどろう~」というアガルタのオリジナルバージョンが含まれているCDを発売しています。
実はこの歌は人気があって、いろんなミュージシャンがカバーしています。たとえばV6もシングルをカバーしています。それを紅白歌合戦で歌ったことから、V6のオリジナルだと勘違いしている人も少なくないかと思います。さらに次の年、平成10年(1998年)に長野で開催された冬季オリンピックでも、公式キャラクターであるスノーレッツのテーマソングになっているので、たいていの人はどこかでこの曲を耳にしているに違いありません。
さてここからが本題です。この曲に関して、NHKには問い合わせの手紙が殺到したそうです。その中で多かったのは、「イレアイエ」という副題についてでした。一体これは何語なのか、またどういう意味なのかという質問です。その回答として、これはアフリカのヨルバ語だそうです。ナイジェリアなどに居住するヨルバ人の言語です。その意味は「魂の家」とのこと。そういわれてもわかりませんね。
もう一つ多かった質問は、曲の語り出しにある「うじゃけた顔してどしたの?」に関してでした。ほとんどの人は「うじゃける」という言葉の意味がわからなかったのです。しかしこれは歴とした日本語です。『デジタル大辞泉』を見ると、「1果実が熟れすぎてくずれる。また、傷あとなどがただれて、くずれる。」「2態度や身なりがだらしなく、くずれている。だらける。」とありました。そこから類推すると「生気のない顔・だらしない様子」といった意味でしょう。
九州生まれの私にも「うじゃけた顔」は耳慣れない言葉だったので、あるいは最近の「若者言葉」かと思ったのですが、どうもそうではなさそうです。そこで次にどこかの方言かと思って調べてみたところ、どうやら茨城県(北関東)あたりで使われていることがわかりました。では単なる方言かというと、どうもそうでもなさそうです。というのも『日本国語大辞典第二版』をみると、雑俳『末摘花』四に「うじゃじゃけたやうに女はおやす也」とあって、江戸時代後期の用例が出ていたからです。ただしここでは「うじゃける」と「うじゃじゃける」を一緒にしているので、その点に多少不安があります。
「うじゃける」の古い例として、『大日本国語辞典第二版』には、『改正増補和英語林集成』(1886年)に「イチジクガウジャケル」あるいは「ウジャケタナリヲシテイル」の二つの意味が掲載されており、少なくとも明治19年までは遡れることがわかりました。それに対して「うじゃじゃける」は、志賀直哉の『暗夜行路』に、「眼は死んだ魚のやう、何の光もなく、白くうぢゃぢゃけてゐる」とあるし、久保田万太郎の『春泥』冬至・九にも、「飲んだくれてゐた二日目である。そんなこととは夢にも知らずうぢゃぢゃけ放題うぢゃぢゃけてゐた最中である」とありました。また徳田秋声の『縮図』素描・六にも、「髪も六分通りは白く、うぢゃぢゃけてゐたけれど」とあるので、江戸時代や明治期はむしろ「うじゃじゃける」の方が主流で、「うじゃける」はマイナーだったことになりそうです。
それ以降次第に死語化したのか、ともに用例が見られなくなります。その結果、茨城県の方言とされるようになったのではないでしょうか。だからこそ平成9年の「WAになっておどろう」に突如「うじゃけた顔して」と出てきたものだから、意味が分からないという投書が続出したのでしょう。
ただこの歌が流行したことにより、「うじゃける」は新たな展開を見せることになりました。もはや茨城県の方言ではなく、「WAになっておどろう」の歌詞が根拠・出典とされるようになったからです。ある意味「うじゃける」は再生したのです。これも言葉に関する面白い現象といえそうですね。
