🗓 2025年12月27日

吉海 直人

たまたまNHKの「あさイチ」を見ていたところ、北海道十勝で小豆とかぼちゃの「いとこ煮」が紹介されていました。この「いとこ煮」というネーミングが気になったので、早速調べてみました。そもそも従兄を煮るというのは残酷な気がします。類似したものとしてすぐに思いつくのは「親子丼」です。こちらは鶏肉と卵でまさに親子ですね。ひょっとして兄弟丼もあるかなと思って検索してみたところ、鰻と泥鰌の卵とじをご飯にのせたものを兄弟丼というとありました。しかしこれは新しく命名されたもののようです。それに対して従兄というのは、両者の関係性が微妙ではないでしょうか。何と何が従兄なのかよくわかりません。テレビでは小豆とかぼちゃでしたが、この二つは本当に親戚関係にあるのでしょうか。どう考えても別種にしか思えませんよね。
 そこで語源を調べてみたところ、駄洒落というか言語遊戯説がほとんどでした。たとえば一番大雑把なものは、豆や野菜は畑でとれるものなので、いわば従兄のようなものだからと説明されています。確かに肉などは入れないようですが、これではこじつけ以外の何物でもありません。一番それらしかったのは、煮えにくい野菜から順に「おいおい」入れて煮るところから、「甥甥」にかけて名づけられたという説でした。甥は兄弟の子ですが、甥同士は従兄になるので「いとこ煮」というわけです。では姪はというと、これも野菜を「めいめい」別々に煮るところから、姪同士も従姉なので「いとこ煮」と説明されていました。甥だけではなく姪を加えたところがやや苦しい気がします。
 それはさておき、一体いつごろから「いとこ煮」があったのか興味がわいたので、これも調べてみました。最初は明治以降かなと思っていたのですが、なんと室町時代から存在していたことに驚きました。『伊京集』という国語辞書に、「従子煮 イトコニ大豆小豆汁」と出ていたのです。また『日葡辞書』にはさらに詳しく「いとこに」とあり、日本人種々の物を混ぜて作る、食物の一種。シモではアツメニと言うと説明されていました。『料理物語』(寛永二十年刊)ではさらに詳しく、「いとこに あづき、午房、いも、大こん、とうふ、やきぐり、くわいなど入、中みそにてよし、かやうにをひをひに申によりいとこに歟」と記されていました。
 これによって「いとこ煮」が室町時代から食されていたことが明らかになりました。ただし当時は汁物であり、味噌汁に近いごった煮のようなものだったことが察せられる。また『伊京集』にあるように「大豆」と「小豆」であれば「いとこ煮」で間違いありません。それが『料理物語』になると、「とうふ」や「やきぐり」まで入っているのですから、畑でとれたものという定義も通用しなくなります。ただここに「をひをひに申によりいとこに歟」とあって、疑問はついているものの「をひをひれが語源説の出発点になっているようです。ここで一つ見えてきました。それはどうやら「いとこ煮」には必ず小豆が入っていることです。何故小豆かということに対して、興味深いのは浄土真宗における報恩講の仏事で供される料理という説がありました。小豆は親鸞聖人の好物だったという種明かしまで語られています。浄土真宗の広がりによって、全国的に広がったという説明も納得できます。特に東北・北陸地方の郷土料理に「いとこ煮」が伝わっている点はうまく重なっています。
 また宗教とは別に、年中行事との関りもありそうです。実のところ「いとこ煮」はこれに餅を加えさえすれば、即座に正月の雑煮あるいはお事煮になります。この三種の料理には接点がありそうです。もっとも重要な年中行事は冬至でしょう。冬至には「冬至かぼちゃ」が付きものですが、私のふるさとである福岡では、かぼちゃ単品ではなく必ず小豆が入っていました。小豆は赤い色をしており、それは邪気を払うとされています。特に野菜の収穫が減少する冬に、縁起がよくて栄養価の高いかぼちゃと小豆は絶妙の取り合わせだといえます。これこそ「いとこ煮」というネーミングにもっともふさわしいのではないでしょうか。ただし小豆の方がかぼちゃより劣勢になっているのが気になります。