🗓 2019年10月02日

信じるということ

 
 前に私が大学を1年休学したことを書いた。その時のことである。ひょんなことから居酒屋で気が合い、名前も忘れたが、2週間ほど私の下宿に居候をさせた人物がいる。同じ大学の文学部だといい、学生証を私に見せたので顔写真も確認せずに信用してしまった。
新しい下宿が見つかるまで、寝泊まりさせてくれと言われて、世間知らずの私は容易に承諾してしまった。

気まぐれで椎名町(下宿はJR目白駅より西武池袋線の椎名町駅が近い)の古本屋で本を探していたら、驚いた。「憲法」「民法」その他数冊の本の書き込みに目が留まった。まさしく私の字である。念のため帰ってから自宅の書棚を見たらやはり本がない。やはり私の本であったのだ。椎名町駅前の交番に盗難届を出した。

しばらくして、警察から知らせがあり、犯人が捕まったという。目白警察署に呼び出され調書を取られた。そこでまた驚いた。犯人は私の下宿に居候をしていた人物であった。犯人は目白警察署に留置されているという。そこで、私の冬着のコートや背広もビニールでできた簡易衣裳入れから盗まれ、古着屋に売られていたことも聞いた。私も暢気なもので、本には気が付いたが衣類までは確認してなかった。冬のコートは、気にいっていたものであったが、暖かい季節であったので衣装入れを見ていなかった。背広も着る場面がなかった。

そういえば、居候をさせていた時にアルバイトでお金が入ったからと言って、一度だけ椎名町の居酒屋で酒をご馳走してくれたことがあった。とすると私の本や衣類を処分したお金で私に酒をごちそうしてくれたのか。高校時代、先輩から退部費を巻き上げられ、そのお金で焼きそばをご馳走になったことを思い出した。

しばらくして、北海道から上京した犯人の両親が弁償金4万円を持参したことを叔父から聞いた。彼から訴えを取り消さないと知り合いのやくざに言いつけるなどの脅しもあり、縁起が悪いその下宿から別の下宿に私は引っ越ししていたのである。
その後の彼は、今はどうしているか。世の中はかくも不思議なものである。

(文責:岩澤信千代)