🗓 2020年10月02日

(日本経済新聞 2020/10/2 掲載)

前代未聞の出来事である。新聞の株価欄が真っ白である。2020年10月1日東京証券取引所の取引が全面中止となった。株式市場は賭博場である(公営ギャンブル)と目をひそめる人も多いが、実は経済学的には「国民共有の財産」といわれる。実際、直接株式投資をしていなくても国民である限り間接的に株式市場と関わっている。例えば国民に深くかかわっている年金制度があるがGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が日本の株式や世界の有価証券に投資している。世界の株式市場の動向が運用益に関わってくる。それに国民のほとんどが加入している保険も不動産や株式などの有価証券に投資している。直接株式を保有していなくとも間接的に自分の資産に影響があるのである。従って「国民共有の財産」といわれるのである。
 私が証券会社に就職したときは「株屋」とよく言われ訪問すると腫物はれものに触るような扱いを受けた。特に犬をけしかけられた産婦人科の奥さんの印象が強い。
彼女の口からは「株屋」ということを何度も聞いた。

(日本経済新聞 2020/10/2 掲載)

この「国民の共有財産」である株式市場の健全な価格形成は円滑・正確に取引ができることが一丁目一番地である。それゆえにJPX(東京証券取引所の本体、日本取引所グループ)本体のシステム障害はあってはならないことなのである。第一の理由は、投資家が不利を被るからである。もし取引停止の日に開場する海外の市場が暴落した場合には、翌日システムが復旧し売れるようになっても株価下落の影響で損失を被るからである。株式の売却代金は3日後に現金化になる。3日後の支払いのために株を売却する予定の人がいたとすると株の売却代金を充当できなくなる。法人だったら致命的な不利益を被ることにもなる恐れもある。期日に支払いができなければ倒産や信用消滅にもなりかねないのだ。第2に海外投資家の日本市場からの逃避である。今までに先進国の株式市場でこのような事故が起こったことはない。このような不安定な東京市場に資金を置いておくのはリスクと感じれば、日本市場から資金を回収して他国の市場に資金を移動するだろう。
 このような障害のために取引上は一つのシステムが障害を起こしても他のシステムでバックアップできるようになっている。今回はこのバックアップシステムに潤滑に移動させることができなかった。
 実は私が証券取引所には仕組みを学ぶために1か月ほど行っていたことがある。本社の転換社債部というところに在籍していた時に勉強で取引所(転換社債も株式も取引所で売買されていた)に入場することができた。バッジをしていないと誰でも入場はできない。その頃は「場立ち」という売買のプロが立会場を走り回っていた。遠くにいる自社のメンバーと暗号で銘柄や数量をサインでやり取りしていた。二本の指を額にあてると「日本電気」である。おでこは赤ちゃんに「でんでん」と教えるのでわかるように「でん」→「電気」の連想である。すべての銘柄をサインでやり取りしていた。プロの集団でしか出来ない高度な技術である。丁度、大坂の料亭の女将が大手銀行を手玉に取った事件があった頃の話である。「大阪の女将がソニーを買ったようだ。」などと場立ち同士が話していることもよく聞いた。

現在ではシステム化に伴い場立ちが仲介するよりコンピューターの売買により円滑に大量に売買が可能になった。
 ただこの稿前半に書いたように円滑に売買にできることが大前提になる。財務省はJPXに原因究明と再発防止を要請し、役員の責任問題も発生するだろうが、絶対にシステム障害はまさに「ならぬことはならぬ。」なのである。

(文責:岩澤信千代)