🗓 2024年04月16日

 白虎隊記念館の早川館長から朝早くに電話があった。何事かと思ったら、NHK朝ドラマ「虎に翼」のヒロインのモデルが会津と関係があるというので調べてみた。会津松平藩は戊辰戦争で新政府軍に敗れた。降伏の条件として戦争首謀者として3人の首を差し出せということであった。会津藩はすでに切腹した2家老と萱野権兵衛長修を戦犯として新政府軍に提出した。家老の席次からすると萱野権兵衛が上位ではなかったが、故ありて会津藩を代表して藩主松平容保の身代わりとなり、会津松平家親戚筋の保科藩邸で見事に切腹した。萱野権兵衛の実弟に三淵隆衡がいた。その子供が三淵忠彦である。言うまでもなく初代最高裁長官である。戦犯とみなされた萱野家は姓を変え、郡と三淵の姓を名乗った。忠彦の子供が乾太郎で東大法科を出て裁判官となった。3女1男を設けたが死別し、後妻になったのが女性初の女性弁護士三淵嘉子である。この人がヒロインのモデルである。

 安倍派の塩谷座長の責任の取り方で比較したのは一藩の責任を背負い若くして自刃した会津藩家老萱野権兵衛である。早くに塩谷座長が安倍派裏金疑惑の責任をとり議員辞職でもすれば、こんなにだらだらと何ら影響もないくだらない処分を我々は見なくて済んだ。離党勧告は厳しいが役職停止と言っても該当者は役職についていないのだから、無罪放免と一緒だ。形式的に処分したという国民向けポーズなどどうでもよい話だ。

 萱野権兵衛家にはもう一つの悲劇がある。次男郡長正である。留学先の豊津藩育徳館(小笠原藩)で食事がまずいというような母親あての手紙が発見されで(真偽は不明)会津藩の名誉のために16歳で切腹した。今でも育徳館の後身である育徳館高校(旧豊津高校)で語り伝えられている。5月1日には『郡長正墓前法要』が地元で執り行われている。

大河ドラマ「八重の桜」といいNHKのドラマに会津の人物が登場するのは、地元民にとっては誇らしいことである。令和5年11月10日(金)から12日(日)に室井市長ら市民が現みやこ町を訪れ郡長正の墓参りを行った。(会津若松市HP)

(文責:岩澤信千代)