🗓 2025年08月28日

嘘の上塗り
 「会津人群像」NO.50を見て唖然とした。会津の郷土史家の通説では飯沼貞吉は長州へ行ってないというものであるが、寄稿された文章を読んでいたら、証拠もないでっち上げの文章が出ていた。すなわち、貞吉身代わり説である。猪苗代謹慎者名簿の作成者は父親の時衛に違いないというものである。中隊長だったから名簿を自由に作成できたと言っている。証拠はあるのですか?
会津藩が負けて捕虜となった藩士は江戸に護送された。第一陣は応援に来た他藩士であり、そこに貞吉が紛れ込んでたとする。猪苗代謹慎者名簿に記載されていたのは貞吉の身代わりだという。
嘘を糊塗するために新たな嘘をでっちあげる。しまいに嘘か本当かわからなくなる。サスペンスドラマによく出てくる供述場面だ。大体、江戸から長州迄の距離・旅費・交通手段をしっかり解明してから論ずるべきだろう。会津から長州迄は遠い。京都まで20日間だ。会津より東京まで7日間だ。楢崎頼三は途中京都でくつろいだ時間を送った。その間貞吉は何をしていたんだい。交通手段の不便さを考えても全くあり得ない話である。長州から静岡の林三郎の塾迄どうやって来たんだい?頼三はパリに行ったのに旅費は誰が出してくれたの?
嘘を真実にするには骨の折れる仕事ですなあ。嘘の上塗り、新説続出が必要になる。長州・会津の美談にしたいのだろうが無理があります。
(文責:岩澤信千代)