🗓 2021年12月11日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

令和になって3年、来年は4年目に入り、干支は壬寅(みずのえとら)になります。十二支の由来については、昨年の「丑年」のコラムで、ネズミが一番で牛が二番になった経緯をお話しましたね。今回は三番になった虎についてお話します。
 虎は俊敏なので、牛が前日に出発していなければ、おそらく一番早く神様のところに到着したはずです。ですから、さぞかし悔しがっているだろうと思っていたところ、悔しがったりネズミを恨んだりしているという話は聞きません。十二支に入りさえすれば、順番は二の次ということでしょうか。
 その寅の基礎知識として、まず東北東の方角を指していることがあげられます。「丑寅」は北東の方角ですが、陰陽道では悪霊の来る「鬼門」になります。また旧暦の時刻でいうと、午前3時から5時までの2時間に当たります。なお午前3時は日付変更時点でもあるので、3時を過ぎると翌日に日付が変わります。一日の最初の時刻が寅だったのです。
 ところで、来年はただの「寅年」ではありません。ちょうど「五黄の寅」になっています。御存じでしたか。これは九星と称する中国の民間信仰と十二支を組み合わせたもので、最小公倍数が36になります。つまり36年に一度、言い換えれば寅年の3回に1回が「五黄の寅」になります。来年生まれる人、来年36歳になる人、さらに72歳になる人が「五黄の寅」です。最近は長生きなので、108歳の人もいるかと思います。
 そもそも「五黄」とは、星は土星・方角は中央ということで、運気が高いとされています。ですから「五黄の寅」に生まれた人は、強運と強いパワーの持ち主なのです。特に女性は、社会で活躍する人が多いとされています。芸能人では沢尻エリカ・石原さとみ・北川景子・杏・イモトアヤコ・松浦亜弥・安藤サクラ・上野樹里、そして和田アキ子・八代亜紀・坂本冬美・ジュディオング・由美かおるが該当者です。男性では中村倫也・本田圭佑・亀梨和也・山崎育三郎、そして舘ひろし・池上彰・梅沢冨美男・三遊亭円楽・細川たかし・綾小路きみまろなどの名があがっています。どれも個性的な人たちですね。
 実は私の兄も、昭和25年生まれの「五黄の寅」です。運動神経がよく柔道四段で、中年になってからはトライアスロンにも挑戦していました。スポーツでは兄にまったく叶いませんでした。こういった虎の強いイメージは、マンガの「タイガーマスク」にも反映されています。ちなみに「男はつらいよ」の車寅次郎も、その名前から寅年生まれかなと思いましたが、そうではなく「とらや」の軒先に捨てられていたことから「寅次郎」と命名されたそうです。『曾我物語』に登場する遊女の虎御前(虎女)も、やはり寅年ではなく未年生まれのようです。NHK大河ドラマ「女城主直虎」は井伊直虎(次郎法師)を主人公にしたものですが、やはり寅年生まれとは無関係でした。紛らわしいですね。
 では虎にまつわることわざはいかがでしょう。すぐに思い浮かぶのは「虎穴に入らずんば虎児を得ず」「虎の威を借る狐」「苛政は虎よりも猛なり」「虎視眈々」「前門の虎、後門の狼」「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」「千里の野に虎を放つ」「張り子の虎」「虎の巻」「竹に虎」「虎に翼」などです。
 しかしながら島国の日本に虎は生息していないので、これは中国のことわざが元になっているようです。加藤清正の虎退治も朝鮮出兵の折でした。一休さんの虎退治は、屏風に描かれた虎を退治しろといわれ、では退治するから屏風の虎を追い出してくれというトンチ話です。小さい頃読んだ「ちびくろサンボ」では、虎がぐるぐる回って最後はバターになるという面白い話でした。絵本では伊藤寛作の『ベンガルの虎の少年は』もあげられます。インドのジャータカで有名なのは、薩埵さつた王子が飢えた虎の親子を救うために、我が身を虎の餌にする「捨身飼虎しゃしんしこ」です。
 学校で習った話、中国の「人虎伝」を下敷きにした中島敦の『山月記』は、李徴が人食い虎になるという印象深い話でしたね。柳広司の『虎と月』は『山月記』の続編という体裁の作品です。李徴が残した一片の漢詩から、李徴の息子がその謎を解き明かすというミステリー仕立てになっています。芥川龍之介にも「虎の話」という短編がありますが、あまりお勧めできません。なお龍之介は明治20年3月1日生まれですが、ちょうど辰年辰月辰日だったことから「龍之介」と命名されました。
 「猫でない証拠に竹を描いておき」という川柳は、絵が下手な人が虎を書き、猫と間違われないように竹を描き添えたということですが、もちろん虎と猫はネコ科なのでよく似ています。それもあって世界を見渡すと、干支の虎が本来は獅子(ライオン)だったとか、虎ではなく豹や猫になっているものもあります。猫が干支に入っていないのはけしからんという人は、虎の中に猫も含まれていると思ってください。