🗓 2022年04月02日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

いきなり質問です。「朧月夜」という言葉を見て、みなさんは何を思い浮かべますか。少数派の古典愛好家なら、即座に『源氏物語』に出ている朧月夜という女性と答えるでしょう。一般の人だったら、昔歌ったことのある小学唱歌の「朧月夜」(大正3年)が思い出されるはずです。この曲は合議制で作られたものですが、最近は岡野貞一作曲・高野辰之作詞とされています。
 ここで一つ覚えてほしいことがあります。それは両者の読みが異なっていることです。『源氏物語』の登場人物は「おぼろづくよ」です。それに対して唱歌の方は「おぼろづきよ」と読みます。ですから耳で聞けば間違えることはありません。ただし「朧」は小学校で習わない漢字なので、昭和17年以降は「おぼろ月夜」と仮名で表記されるようになりました。では「朧」とは一体どういう意味でしょうか。そのヒントは歌詞の中にあります。詳しく歌詞を検討してみましょう。
 一 菜の花畑に入日薄れ   見渡す山の端霞深し
   春風そよ吹く空を見れば 夕月かかりてにほひ淡し
 二 里わの火影も森の色も  田中の小路をたどる人も
   蛙の鳴くねも鐘の音も  さながら霞める朧月夜
 最初の「菜の花」ですが、これはかなり早い時代に日本に伝来した外来植物です。古くは「芥子からし菜」と称されていました。その他、種が有用(食用・油用)である事から、菜種・油菜とも言われています。『竹取物語』にもかぐや姫のことを「菜種の大きさ」といっていましたね。すべてはアブラナ科に属するもので、春に黄色い花を咲かせる特徴を有しています。特に菜種油を採取する目的で、明治以降日本全国で栽培されるようになりました。その際、種がよく取れるセイヨウアブラナに植え替えられたそうです。その政策によって、畑一面に黄色い花を咲かせる菜の花畑は、日本人の原風景にまでなりました。ただし高野辰之の故郷が信州ということで、この菜の花は野沢菜だともいわれています。
 「入日薄れ」というのは、夕日が沈みかけて辺りが次第に薄暗くなる情景です。「山の端」を山の麓とする人もいますが、古典では山の稜線のこととされています。まだうっすらと明るいので、霞のかかった山の稜線がぼーっと見えているのでしょう。ふと空を見上げると、「夕月」が出ていました。これは読んで字の如く、夕方に出ている月のことです。
 ここでまた質問です。「菜の花」と「日」と「月」が詠まれた有名な俳句を答えてください。はい、与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」ですね。ただし違っていることがあります。それは月の位置と形です。蕪村の句は、東の月の出と西の日の入りがほぼ同時ですから、その時の月は満月に近いものと考えられます。
 それに対して唱歌の月は、どうやらかなり上空にあるようです。少なくとも出たばかりの月ではなさそうです。ということは決して満月ではありえず、半月あるいは三日月に近いものと考えられます。月の出や月の形は日々異なるので、その点には注意する必要があります。その月が「にほひ淡し」と形容されています。この意味はおわかりですか。もちろんこの「にほひ(匂い)」は嗅覚ではなく視覚です。また「淡し」は月の光が弱いことを表わしています。あたりがまだ薄明るいので、月の光も淡い(弱い)のです。既に霞がかかってぼーっとしているのかもしれません。
 二番は時間がさらに経過して、夜に近くなっています。「里わ」の「わ」については、語調を整える接尾辞だと思って下さい。昔は『万葉集』にある「見渡せば近き里みを」(1243番)とある「さとみ」を「さとわ」と誤写したという説がありましたが、信じられません。また金田一春彦氏はこれを高野辰之の造語としていますが、勇み足だったようです。というのも、これ以前(明治41年)に吉丸一昌かずまさ(小学唱歌作詞委員会委員長)が作詞した歌詞の中に、何度も「里わ」が出ているし、既に明治の辞書に立項されているからです。
 「蛙の鳴くねも鐘の音も」は対句です。みなさんは「ね」と「おと」の違いをいえますか。「ね」は生物の鳴き声で、「おと」は無生物の発するものです。なお二番の歌詞の語尾には「も」が五回も用いられていますが、これは並列の助詞です。それらが統括され、「さながら」(すべて)が「朧月」にやさしく照らし出されていることになります。「春宵一刻直千金」という蘇軾そしょくの「春夜」という漢詩が思い浮かびます。ということで、「朧」というのは、夜の霞のことを形容していることになります。