🗓 2022年07月02日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

たまたまNHKの「日本人のおなまえっ!」を見ていたところ、「おにぎり」と「おむすび」の違いが話題になりました。「むすぶ」とは心(魂)をそこに込めること(呪術的な意味合い)であり、心臓の形になっているという柳田やなぎた國男の説(食物と心臓)もあるし、「おにぎり」は「鬼切り」の語呂合わせから魔除けの効果があるという説もあるので、果たしてどんな展開になるのか楽しみに見ていました。
 しかし残念なことに、とことん極められることなく、大事な柳田國男も取り上げられないまま、次の話題に移ってしまいました。。どうせなら「さるかに合戦」や「おむすびころりん」も取り上げるべきでしょう。というのも「さるかに合戦」は「おにぎり」、「おむすびころりん」は「おむすび」と使い分けられているからです。しかしその形は微妙です。特に「おむすびころりん」の絵本の場合、転がりやすさを考慮したのか、丸い「おむすび」がしばしば描かれています。逆に「さるかに合戦」の方は、はさみやすい三角形の絵が多いようです。それに対してのコメントも必要ではないでしょうか。
 ついでに番組できちんと報告してほしかったことが二つあります。ないものねだりばかりですみません。一つは「おにぎり」と「おむすび」の歴史というか、いつ頃からそういわれていたのかの調査結果です。具体的な資料があれば納得しやすいからです。もう一つは「お─」ときたら、真っ先に女房詞(女中詞)を疑うべきではないのかということです。それについてもまったく触れられませんでした。
 そこで改めて私なりに調べてみました。まず「おにぎり」から丁寧語の「お」を取り、下に「飯」をつければ「握り飯」になります(「にぎり」だと寿司になります)。現在は「にぎりめし」と称していますが、古典では「にぎりいひ」といっていました。その歴史は非常に古く、『常陸国風土記』に「風俗くにぶりことばに握飯筑波の国といふ」と出ています。これを信じれば、「握り飯」は筑波国(茨城県)の方言だったことになります。
 それに対して「むすび」の用例は、調べても江戸時代まで出てきません。しかも『守貞漫稿』の「握飯」項に、「にぎりめし古はとんじきと云。屯食也。今俗或むすびと云。本女詞也」とあって、「にぎりめし」の俗語として「むすび」ともいわれているが、それはもともと女詞(女房詞)だと解説しています。この記述は興味深いですね。
 なおここにあげられている「屯食」は、平安時代から用いられている古い言葉ですが、既に意味が違っています。もともとは酒食のこと、あるいは酒食を載せた台のことだったのですが、江戸時代には公家社会において「握り飯」の意味で用いられるようになっているようです。そのことは『松屋筆記』の「屯食」項に、「公家にては今もにぎりめしをドンジキといへり」とあることからも察せられます。
 ここに至って「おにぎり」と「おむすび」を考える前に、そのもととなっている「とんじき」のことも考えるべきだということがわかってきました。また女房詞・女中詞ではないかという当初の疑いについては、江戸時代の公家社会の言葉だったことで納得できそうです。
 調べてみた結果、「おにぎり」と「おむすび」に関しては、第一に「握り飯」の方が歴史が古くて、「むすび」は比較的新しい言葉だという違いが見えてきました。次に「握り飯」が一般的な言葉であったのに対して、「むすび」は公家社会(上流階級)における女房詞ということで、空間的な狭さ広さ、あるいは身分的な上下という違いもあげられそうです。
 その「握り飯」が「おにぎり」に、「むすび」が「おむすび」になったことについては、単に「お」をつけて丁寧にしたというだけでなく、そこに女性の関与が考えられます。もしそうなら、「おにぎり」は「おむすび」に影響を受けてできた新しい言い方ということになりそうです。