🗓 2022年07月09日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

みなさんに質問します。「鳥の子」という言葉から何を連想しますか。上質の和紙を想起した人は、かなり教養の高い人です。光沢のある料紙としての「鳥の子」は雁皮紙(斐紙)のことですが、その色が淡黄色だったことから「鳥の子」と呼ばれるようになりました。
 普通はズバリ「鳥の子供」のことを想起するのではないでしょうか。ではそれは「雛」でしょうか「卵」でしょうか。実はどちらも正解なのです。鳥は卵生なので、卵も雛もどちらも「鳥の子」になります。実際、卵のことを「鳥の子」と称しています。私は福岡育ちですが、博多銘菓の「鶴乃子」は餡の入った卵形のマシュマロ菓子です。もっとも『源氏物語』若紫巻の「雀の子」は卵でも雛でもなく、飛ぶことのできる「若鳥」のことでした。これは単に人間から見て「小さい雀」ということなのでしょう。
 それはともかく、最古の例とされている『日本書紀』冒頭の「鶏子」は、「とりのこ」と訓読されていますが、意味は卵のことで間違いありません。また『伊勢物語』五〇段にある「鳥の子を十づつ十は重ぬとも」という歌も卵のことで、この場合は不可能なことの譬えに用いられています(丸い卵は重ねられない)。
 次に「鳥の子」の連想で、「卵」に話題を移します。実は「たまご」という読みは、古典には見当たりません。案外新しい読みのようです。では古典では何と言っていたかですが、それは「かひご」あるいは「かひのこ」です。というのも古く『万葉集』長歌に、「うぐひすのかひごの中にほととぎすひとり生まれて」(1755番)云々とあるからです。これはほととぎすの托卵という習性を詠んだものです。
 どうも「かひご」の「かひ」は卵の殻のようです。殻に包まれているのがすなわち「卵」というわけです。そして室町期の『日葡辞書』に至って、ようやく「Tamago」が記載されました。その頃は「鶏卵」の意味で「たまご」を使っていたのでしょう。ポルトガル人がカステラなどの西洋菓子や料理に卵を使うのを見て、それが日本人にも広まったのではないかと思われます。
 もちろん「卵」は鳥に限らず、魚も含めて卵生のものすべての総称ですが、一般的には鶏の卵を指していました。食用の鶏卵は卵の代表だったからです。ここから連想が一気に現代に飛びます。さてみなさんは「卵」と「玉子」という漢字表記の違いがおわかりでしょうか。ちゃんと意識して使い分けていますか。
 その違いとしては、生物学的には断然「卵」であり、「玉子」は通用しません。というのも、もともと「玉子」は当て字だったからです。丸くて美しいから「玉の子」と称されたのでしょう。そのためか「玉子」は、食用(食材)というか調理(加工)されたものに限定されて使われているようです。
 わかりやすくいうと、殻に入った状態が「卵」だし、殻を割って取り出したとたんに「玉子」になります。あるいは調理前は「卵」で、調理すると「玉子」と表記します。だから「玉子焼き」・「玉子丼」・「玉子豆腐」になるのです。「ゆで卵」の場合は殻が付いたままの調理なので、「卵」も使われているようです(「温泉卵」も同様)。もちろんゆで卵の殻を剥いてしまうと、「煮玉子・味付け玉子」になります。「玉子かけご飯」は生ですが、殻を割ったり、醤油をかけることで「玉子」の資格を得ているのでしょう。
 ついでながら、「玉子」はやはり鶏卵に限るようで、「うずらの玉子」とはいわないようです。また比喩的に「医者の卵」とは言いますが、「医者の玉子」ではおかしいですよね(食べられません)。要するに「玉子」は鶏卵だし、調理済みに限るなど、かなり限定された用法ということがわかりました。
 もちろん例外もあります。高知で「玉子焼き」といったらベビーカステラを指すそうです。それもあって本当の「玉子焼き」は「卵焼き」と表記して区別しているそうです。所変われば品変わるの典型ですね。