🗓 2022年01月22日
吉海 直人
子供の頃、家庭に常備されていた薬と言えば、塗り薬としてメンソレータム・オロナイン軟膏、胃腸薬として正露丸・ビオフェルミン・キャベジン、傷薬として赤チン・オキシフル、そして絆創膏としてリバテープ・バンドエイドなどが思い浮かびます。確か赤十字のマークの付いたプラスチック製の救急箱に入っていました。
大人になって、虫刺されにメンソレータムを塗ろうとして容器を見ると、そこには「メンターム」と書かれていました。その時まで気にもしなかったのですが、あれメンソレータムとメンタームは違う製品なのかなと思って調べてみると、もともとはアメリカのメンソレータム社の製品だということがわかりました。その日本での販売権を獲得したのが近江兄弟社です。
この近江兄弟社は、キリスト教の伝道や建築家としても知られているヴォーリズが設立した会社でした。当初、ヴォーリズは英語教師として1905年(明治38年)に来日し、キリスト教の伝道をはじめとして滋賀県近江八幡でさまざまな事業を展開しています。その基盤が近江兄弟社でした。「兄弟」といっても本当に兄弟で経営しているのではなく、キリスト教の同胞を意味するものでした。
ヴォーリズという人は同志社にとっても大事な人で、1912年(明治45年)にはカレッジ・ソングの作詞を手がけています。それだけでなくアマチュア建築家ながら、同志社の致遠館・啓明館・アーモスト館・新島遺品庫の設計者でもあります。もっとヴォーリズのことが知りたければ、門井慶喜著『屋根をかける人』(KADOKAWA)をお勧めします。
ところがヴォーリズが亡くなった後、近江兄弟社は倒産してしまいました。そのためメンソレータムの販売権はロート製薬に移ったのです。その後、ロート製薬はアメリカのメンソレータム社まで買収しています。ですから現在メンソレータムは、目薬で有名なロート製薬の商品として販売されています。ご存知でしたか。
一方の近江兄弟社は、大鵬薬品工業の援助を受けて再建されましたが、もはやメンソレータムという名前では販売できなくなったので、メンタームというよく似た名称で薬の製造販売をしているというわけです。中身も容器もほとんど変わらない薬が、メンソレータムとメンタームという似た名前で別々に販売されているのですから、勘違いするのも無理はありません。
なおメンソレータムの容器には、昔ながらのナースの横顔が付いています。一方のメンタームはインディアンの少女の横顔になっています。よく見ると違いは歴然としているのですが、気にしないと同じに見えてしまいます。一度見比べてみてください。
もう1つのオロナイン軟膏ですが、こちらはメンソレータムと違ってメントールが入っていないので、塗ってもひりひりしません。製造元の大塚製薬は、メンソレータムが大ヒットしているのを見て、自社でも軟膏を製造しようと思い立ち、アメリカのオロナイトケミカル社が開発した殺菌用消毒液を使って、昭和28年にオロナイン軟膏を発売しました。オロナインはオロナイトから考案された造語だったのです。もちろんオロナミンCドリンクも同様でした。こちらはオロナインとビタミンCを合体させたネーミングです。これにしても当初、大正製薬のリポビタンDを目標にしていました。その秘策が炭酸入りにしたことだそうです。
大塚製薬は、当時普及してきたテレビのコマーシャルをうまく活用したことでも有名です。これまでとんま天狗の大村崑・琴姫七変化の松山容子をはじめ、浪花千栄子・香山美子・名取裕子さんをCMに起用しています。とんま天狗は「姓は尾呂内、名は楠公」でしたね。女優の浪花千栄子(NHK朝ドラ「おちょやん」のモデル)など、本名が南口キクノ(軟膏効く)ということで、その面白さから長く起用されました。大村崑さんはオロナミンC(「おいしいとメガネが落ちるんですよ」)、松山容子さんはボンカレーの宣伝も有名ですね。
こういった家庭用常備薬は万能薬と信じられ、何にでも使われるのが常でした。オロナインなど途中で、「痔にもよろしいんでっせ」という効能まで付け加えています。現在はオロナインH軟膏という名称になっていますが、「H」は消毒薬であるヘキシジンの頭文字でした。なお大鵬薬品工業も大塚製薬も、現在は大塚HDの子会社になっています。