🗓 2022年03月19日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

一昔前(昭和50年代)まで、大学の入学試験の合否を電報で知らせることが流行っていました。調べてみたところ、早稲田大学の学生サークルが昭和31年に合格電報を始めたそうです。その際、なるべく字数を少なくするために、合格の場合は「サクラサク」、不合格の場合は「サクラチル」という例文が考案されました。
 それを真似て、全国の大学で独自の電文が考案されています。「エルムハマネク」は北海道大学、「アオバモユル」は東北大学、「オチャカオル」はお茶の水女子大学、「テンピョウノイラカカガヤク」は奈良教育大学、「イセエビタイリョウ」は三重大学、「クジラシオフク」は高知大学などなど、いろいろご当地物で工夫されています。その後、電報局が大学と提携して合否電報を受け付けましたが、その電文は単純な「オメデトウ」と「ザンネン」でした。これは間違いを防ぐためのようです。
 「サクラサク」は、おそらく入学式が桜の開花シーズンと重なっていたことによるのでしょう。それもあって、たいていの学校には桜が植えられていました。さらには校章に桜の花をあしらっている学校も少なくありません。日本では学校と桜は切っても切れない深い関係になっているようです。
 ところで現在もっとも一般的な桜はソメイヨシノで、気象庁の桜前線の目安にも用いられています。ただしソメイヨシノの歴史は浅く、江戸後期に江戸駒込染井村の植木職人によって作り出された新品種でした。それが早く育つし早く開花するということで、瞬く間に広まったのです。
 特に明治政府の政策で、江戸時代の面影を払拭させることを狙って、城跡や川の土手に積極的に植えさせたことで、全国的な広がりを見せました。それは国内のみに留まらず、アメリカのポトマック河畔にも移植されています。これは初代大統領ジョージ・ワシントンの桜の木を切った逸話と関係しているのかもしれません。ただしソメイヨシノは早く育つ分、木の寿命が短くなり、早く枯れてしまうという欠点を有しています(条件さえよければ百年以上もっています)。
 日米友好のために植えられた桜が、60周年を過ぎたころから枯れ始め、植え替えを余儀なくされてしまったのです。これが山桜であれば200年以上、江戸彼岸桜であれば500年以上は持つとされています。日米友好にどうしてそんな寿命の短い桜を贈ったのかと思わないでもありません。
 さらに戦争によって、桜のイメージが変化させられているようです。受験での「サクラチル」は不合格(マイナス)の比喩でしたが、軍国主義では桜のような散り際の見事さが称讃されたからです。そのため靖国神社の桜は英霊の象徴ともみなされました。
 一方、アメリカでは日本が真珠湾を攻撃して以降、ポトマック河畔の桜を切り倒そうという気運が高まっていました。面白いことに、それを阻止したのは韓国の李承晩初代大統領でした。李承晩は、ソメイヨシノは韓国の済州島の王桜が原木だと主張し、結果的にソメイヨシノを救ったのです。もちろん遺伝子検査の結果、両者が別種であることは既に確認されています。
 もともとソメイヨシノは、人間の手によって大島桜と江戸彼岸桜を交配して作り出された、いわゆるクローンであり、種からは育てられないという特殊事情がありました。すべては挿し木・接ぎ木によって増やさざるをえないのですから、植木屋さんにとっては好都合かもしれません。
 さて、最近は異常気象が続いており、入学式に桜が咲いていないこともよくあるので、桜と入学式の関連も多少薄らいできました。それ以上に問題なのは、四月入学という古くからの制度です。それは必ずしも国際ルールではなく、むしろ世界的には九月入学が一般的なようです。
 日本でも、明治初期には九月入学でした。ところが政府の予算編成が四月になったことで、学校の入学時期も四月に変更させられたのです。日本国内だけならそれで問題にはなりませんが、外国に留学したり、外国人留学生を受け入れようとすると、半年間待たなければならなくなります。それは未来ある若者にとって大きなタイムロスでしょう。そのずれを解消するため、九月入学・九月卒業が叫ばれつつありますが、いまだに主流にはなっていません。仮に大学だけを九月入学にすると、今度は日本の高校の卒業時期とずれてしまうからです。
 もし九月入学が本格化したら、「サクラサク」では季節外れになるので、新しい合格電報の例文を作らなければなりません。九月は菊のシーズンですから、スライドさせると「キクサク」になります。しかし四文字では語呂が悪いので、「キクカオル」あたりではどうでしょうか。