🗓 2022年10月08日
吉海 直人
日本語が難しいのは今に始まったことではありません。主語が不明瞭だという意見は、かなり昔からありました。また日本語特有の曖昧表現も問題にされています。だからといって、日本語が他言語に較べて劣っているわけではありません。ただ、中国の漢字を借りてきて、それを元に日本語表記が形成されたことで、やや複雑かつ特殊な一面があることは否めません。ここでは間違いやすい漢字熟語を取り上げてみることにします。
最初に「危機一髪」と「危機一発」、どちらが正しい表現でしょうか。これはもちろん「一髪」の方が正解です。わずかなところ(髪の毛一本)で難を免れた時に使います。「間一髪」「紙一重」も同様です。ところが映画の「007危機一発」の放映によって、銃弾の一発が目に焼きついたことで、誤用が発生したようです。でも誤用とはいえ見事なパロディ(言い換え)ですよね。これはこれで生き残ってもいいかと思います。
これに近い表現に、「間髪をいれず」(すかさず)があります。これに関して、多くの人は「間髪」を熟語ととらえて、「かんぱつ」と読んでいるようです。それが間違いなのです。試みにこれを漢文式に表記すると、「間不容髪」となります。漢字の順序をよく見てください。「間」と「髪」が離れていますね。これだと「間髪」は熟語ではありえず、「間、髪」と区切らなければならないことになります。その場合は「かん(に)はつをいれず」と読まなければなりません。つまり「かんはつ」(清音)が正解なのです。ただし「かんぱつ」が既に一般化してしまっているので、もはや間違いではなく、言葉の下克上として容認せざるをえないかもしれません。なお日本国語大辞典によると、最初に「かんぱつ」と誤読したのは、徳川夢声(弁士・朗読家)とのことです。
同様の例に「綺羅星のごとし」があります。これも「綺羅星」を熟語と思って、「きらぼし」と読んでいる人が多いようです。しかしながら「綺羅星」などという星はどこにも存在しません。もうおわかりのように、正解は「きら、ほしのごとし」です。これは立派な人が大勢並んでいることを喩えた表現だったのです。
しかしながら有名な「きらきら星」という童謡からの連想が働いてか、国語辞典の中には、既に「綺羅星」(美しく輝く星)で立項しているものがあります。広辞苑第六版にも立項されており、「暗夜にきらきらと光る無数の星」と、当たり前のように説明されています。こうなるともはや間違いとはいえず、派生語として容認するしかありません。
では「和気藹藹」はいかがでしょうか。まずこれが正しく読めますか。「藹藹」は「あいあい」と読みます。和やかな気分が満ち溢れていることです。でも「藹藹」が難しいので、いつしか「愛愛」という当て字を使う人が出てきました。意味的にも「愛」で十分通用しそうに思えますが、表現としては明らかに誤用でした。
なお「出発進行」はどうでしょう。これなど決して四字熟語ではありません。これは電車の運転手さんがよく口にしている言葉ですよね。もともとは事故防止のために、出発を示す信号機が緑(進行)色に点灯していることを指差喚呼していたのですが、それが乗客に四字熟語に聞えたことで、いつしか出発の合図と受け取られてしまいました。これも本来は「出発、進行」と句切って読むべき表現だったのです。同じようなことは「電車」という唱歌の「チンチン、電車が動き出す」でもいえます。本来は「チンチン」で切れているのに、いつの間にか「チンチン電車」が一語になって定着してしまいました。
最後に「天地無用」はいかがでしょうか。よくダンボールの上あたりに、このシールが貼ってありますよね。この場合はどうも「無用」が誤解を招く原因になっているようです。本来は上下を逆さまにしてはならないという意味ですが、「無用」の曖昧さを突かれてしまい、逆さまにしても構わないという意味に受け取られることも少なくありません。そのため郵便局では既にこの用語は廃されており、わかりやすく「逆さま厳禁」と言い換えられているとのことです。またヤマト運輸では「この面を上に」と表示されています。なるほどこれなら間違わないですよね。