🗓 2024年07月15日
山口 良忠(やまぐち よしただ、1913年(大正2年)11月16日 – 1947年(昭和22年)10月11日)とは、日本の裁判官。佐賀県杵島郡白石町出身。太平洋戦争の終戦後の食糧難の時代に、闇市の闇米を拒否して食糧管理法に沿った配給食糧のみを食べ続け、栄養失調で餓死したことで知られる。(ウイキぺデイア)
悪法でも成立してしまえば法律であり、罰則規定もある。戦時中とはいえで良心に従い配給された食料は子供たちに与え、山口と妻は御粥で飢えをしのいだ。1947年10月11日に栄養失調に伴う肺浸潤(初期の肺結核)のため33歳で死去した。
皆さん、どう思いますか?
私にはそんな高貴な気持ちはないような気がします。
食糧管理法を遵守して餓死した者として、山口の他には東京高校ドイツ語教授亀尾英四郎[9]、青森地裁判事保科徳太郎[10]の名が伝えられている。(ウイキぺデイア)
他にもいたとは・・・・・。
(文責:岩澤信千代)