🗓 2025年02月01日
吉海 直人
「来」という漢字は平凡で、音読みが「らい」で訓読みが「くる」ですから、取り立てていうことはありません。ただ古典ではこれを「きたる」とも読むので、それだけ気を付けていれば大丈夫です。そんな簡単な漢字ですが、熟語の中に一つだけ読みにくいものがあります。それが「出来」です。しかもこれには二つの読み方があるので、そのどちらなのかを判別しなければなりません。
幸い少し前まで可能の「できる」を「出来る」と表記していたので、こちらの読みで迷うことはなさそうです。ただし「出来レース」の意味がわからない人は少なくないかもしれません。これは出来合いのレース、つまり最初から勝敗が決まっている八百長レースのことです。滅多に耳にすることはないかもしれません。ですから「出来」とあったら取りあえず「でき」と読んでみてください。
ところがそれとは別に、単行本の帯によく「重版出来!」とあります。新聞広告などにも出ていますから、きっと目にしたことはあるはずです。この熟語だけが「らい」と読まずに「たい」と読まれています。もともとは「しゅっらい」だったのでしょうが、それが発音しやすいように変化して「しゅったい」になったのでしょう。日本人でも読めない人はいますが、やはり外国人留学生には難解なようです。そのため「出来ました」にして「できました」と読ませるべきだと主張する人もいます。
「重版」というのは、出版して売り出された本の売れ行きがいいので、出版社が増刷する時の用語です。最初が初版、それ以後二版・三版(あるいは二刷・三刷)と増刷されるのが重版です。これは著者にとっては非常にうれしいことでした。ということで「重版出来」という四字熟語として是非覚えてください。
それに対して、一つの漢字に読み方がたくさんあるものもあります。以前「生」について述べましたが、それには及ばなくても「明・下・清・行・日」などは、読みの多い漢字です。熟語の読みを含めると、それぞれ十個以上の読みがあります。その使い分けが留学生にはやっかいなのです。しかも何故そんなに読み方が多いのか、合理的に説明することも難しいようです。
試しに「下」を使った例文をあげてみましょう。
これは本当に公衆トイレに貼ってあったものだそうです。何が問題かというと、末尾に「下まで下げて下さい」と「下」という漢字が三つ続いており、しかも読みが「した・さ・くだ」とみんな違っていることです。日本人なら普通に読めますが、外国人はどうでしょうか。
次に「日」についての例文です。
はどうでしょうか。よく見ると「日」という漢字が六つもあります。これは日本語教育でもしばしば取り上げられているものです。やはり日本人なら何の苦もなく読めるでしょうが、外国人留学生にとっては「日」の使い分け(読み分け)がわかりません。というのも、あえて読み方の異なる「日」が並べられているか変な文章だからです。
最初の「三月一日」から難解です。これは日付ですから「いちにち」ではなく「ついたち」と読まなければなりません。これが二日なら「ふつか」ですからやはり特殊ですよね。次に「日曜日」とあります。これは英語のサンデーを「日」に置き換えたもので、当然マンデーは「月」になります。これは「にちようび」でいいのですから、比較的やさしい読みといえます。
それに続いて「祝日」とありますが、これは「しゅくじつ」と読まなければなりません。さらに「日本」とありますね。国名の「日本」については、二つの読み方が共存しています。それは「にほん」と「にっぽん」です。そのどちらも通用している(間違いではない)のですが、日本語教育では「にほん」と教えているのでしょうか。
最後が「晴れの日」ですが、これは「ひ」と読んで問題ありません。それより「晴れ」の方が面倒かもしれません。というのも「晴れの日」にも二つの意味があるからです。日本人ならこれが特別な日のことだと理解しているでしょうが、外国人にとっては天候、つまり晴れている日ととられそうです。
ご承知のようにこの「晴れ」には、「晴れているか曇っているか」という天候より、もっと重要な「晴れ」と「褻(け)」の区別があります。これは非日常と日常といってもかまいません。その特別な日に着るのが「晴れ着」であり、人生で大事な場面が「晴れ舞台」です。この概念、外国人には理解しがたいですよね。
いずれにしても、この短文に出ている六つの「日」は、「ついたち」「にちようび」「しゅくじつ」「にほん(にっぽん)」「はれのひ」と全て読み方が異なっています。必ずしも法則性があるわけではないので、外国人が上手に使い分けるのは至難の業のようです。
ついでにこれに類した文章もあげておきます。
なんとこの一文には「日」が十二個も用いられています。間違わずに読めますか。