🗓 2020年11月03日

私には小学校から大学まで一緒という友人が二人いる。同じ町内で鼻たれ小僧の時から学び舎が一緒だったという偶然である。一人は市会議員を長く勤め勇退したが、もう一人のO君が今日訪ねてきた。O君は中学よりサッカーをやっていて車で5分くらいの距離であるからすごく親しい。近いといってもいつでも理由なくして会うことはほとんどない。
私の長男が郵便局に勤めているので数年前から年賀状を購入していただいているので今日取りに来てくれたのである

開口一番「高校で同じサッカー部だったU君が突然訪ねてきた。」訪問は珍しいので不審に思い尋ねると「昔居酒屋でO君と飲んだ時の代金のことを思い出しそのお金を返しに来た。」とのこと。U君は水産会社の令嬢と結婚し、数年前までは奥さんの父親が創業した会社の社長を勤めていた。O君の記憶によると若かりし頃U君が名古屋方面に就職したときに送別会を居酒屋でやったことがあるという。しかし40年も経過しその時の代金も覚えていない。今になってU君からいくら飲み代の割り勘代をもらっていいのかわからない。お互いに年をとったので、今生にいるときに身辺をきれいにしておきたいのかなあなどと話す。O君は「金額を覚えていないのでお金は受け取れない。」と受領しなかったそうである。但し、律儀に飲み代を持ってきてくれたU君の気持ちを尊重し、持参した一升瓶は有難く受け取ったそうである。

私が大学に入学したときはO君とはしょっちゅう行き来していた。私がある時、高熱で数日七転八倒しちてんばっとうしていた時に同じ布団に入って身体を温めてくれた。おかげで医者にもらった薬は効果がなかったのに体力が回復した。その時の彼の言い草がいい。「俺はおまえの命の恩人だからな。」

それにしても40年以上前の飲み代の割り勘分を持ってきたU君には驚いた。まさに頑固で曲がったことが嫌いな「会津っぽ」そのものではないか。

(文責:岩澤信千代)