🗓 2024年03月16日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

みなさんは「因幡の白うさぎ」の話はご存じですよね。そしてそれをモチーフにした「大黒様」という文部省唱歌も歌ったことがあると思います。この歌は作詞者の石原和三郎と作曲者の田村虎蔵というゴールデンコンビによって作られたもので、明治38年(1905年)に尋常小学唱歌第二学年の中に掲載されています。ちなみにこの二人によって「金太郎」「花咲爺」も作られています。うさぎに関連したものとして、有名な「うさぎとかめ」も石原和三郎が作詞したものでした。
 まずその歌詞を四番まであげてみましょう。

一、大きな袋を肩にかけ 大黒様が来かかると ここに因幡の白うさぎ 皮をむかれて 赤裸
二、大黒様はあわれがり きれいな水に身を洗い がまの穂綿にくるまれと よくよく教えてやりました
三、大黒様のいうとおり きれいな水に身を洗い がまの穂綿にくるまれば うさぎはもとの白うさぎ
四、大黒さまは誰だろう 大国主命とて 国を開きて世の人を 助けなされた神様よ

一番に「大黒様」とありますが、みなさん大黒様は知ってますよね。いわゆる七福神の一人で、恵比寿様と対になっている神様です。もとはヒンズー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラのことでした。マハーというのは偉大という意味で、カーラは暗黒の意味です。ここから大黒天という名称ができました。日本では財福・厨房の神として大黒さんとして親しまれています。
 それが『古事記』神話に登場している大国主命と音が一致していることから、いつしか重ねられました(神仏習合)。そのために四番で大黒様は大国主命のことだと種明かしされているのです。
 ところでこの歌には見過ごすわけにはいかない問題点が二つあります。みなさんはそれがおわかりでしょうか。一つは「皮をむかれて赤裸」です。これはワニザメにやられたのですが、毛をむしられたのならまだしも、皮をむかれたら生きてはいられませんよね。どう思いますか。
 もう一つは「がまの穂綿」です。まず蒲はわかりますか。竹輪かまぼこのような形です。というよりかまぼこの原型はちくわ型でした。その形が植物の「蒲の穂」に似ていたこと、「蒲の穂」は鉾にも似ていたことで「蒲の鉾」から「かまぼこ」と呼ばれるようになったとされています。
 その「蒲の穂」が成熟すると、綿状の種子が飛び出します。それが「蒲の穂綿」でした。綿状ですからくるまるのには都合がいいように思えますよね。しかしながら「蒲の穂綿」に皮膚を再生させる効能はないとのことです。ではこれはまったくの作り話だったのでしょうか。
 実はうさぎの皮膚の傷を治したのは「蒲の穂綿」ではなく。蒲の「蒲黄(ほおう)」を体につけるように指示していることがわかります。『古事記』にも「蒲黄」とあります。これは雌花穂の上にある花粉のことです。この「蒲黄」には止血効果や傷を治す効果が報告されています。ですから歌詞は誤りだったのです。なお大国主命は医療の神としても知られています。そのためこれは白うさぎに対する日本最初の医療行為(治療)ともいわれています。
 ここで大黒様から大国主命に視点を移します。『古事記』の神話には歌詞に収まり切れない話があるからです。大黒様は大きな袋でしたが、大国主命は兄(八十神)たちの荷物をたくさん背負わされていました。実は美しい八上比売に求婚するために大勢で因幡を訪れていたのです。
 まず白うさぎに出会ったのは八十神たちでした。八十神は海水で身を洗って風に当たれと教えます。白うさぎが言われた通りにすると皮膚がひりひりと痛みました。次に大国主命がやってきて正しい治療法を告げたのです。それによって傷を癒した白うさぎは、八上比売はきっとあなたのお嫁さんになるでしょうと予言・予祝します。果たして八上比売は兄たちの求婚をはねつけ、大国主命と結婚することになりました。白うさぎに対する言動(親切)が結婚に大きく左右していたのですね。