🗓 2025年08月23日

吉海 直人

以前、「ほととぎす」についてのコラムを書きましたが、鳴き声についての説明が不十分だったことに気付きました。そこであらためて「ほととぎす」の鳴き声についてまとめてみることにしました。
一般的な「ほととぎす」の鳴き声としては、「テッペンカケタカ(天辺かけたか)」あるいは「トッキョキョカキョク(特許許可局)」が有名ですよね。ところが「特許許可局」という役所はどこにもないことがわかりました。どうやらこれは、早口言葉のために考案された表現だったようです。
実在しているのは、経済産業省の外局である「特許庁」です。かつてそこは「特許局」と称されたことはありましたが、「特許許可局」という名称は実在していません。ですから「内閣特許許可局前」というバス停も架空のものでした。それにしても「特許局」と命名されたのは明治19年以降ですから、この鳴き声も当然それ以降ということになります。
もう一つの「テッペンカケタカ」はというと、江戸時代の『咄本御伽話』(1773年)や『古今要覧稿』に出ていることから、江戸時代中期ごろまでは遡れそうです。それより古いのが「ホンゾンカケタカ(本尊かけたか)」で、「ぶつだんに本尊かけたかほととぎす」という俳諧が『犬筑波集』の古活字本に出ているので、江戸初期までは遡れます。なお『古今要覧稿』には、江戸では「天辺かけたか」といい、京都では「本尊かけたか」というとしています(方言)。江戸と京都で呼び方が違っていたというわけです。当然京都の方が古いはずです。それ以外に「ホンドーカケタカ(本堂掛けたか)」や「ブッキョカケタカ(仏居かけたか)」などもありますが、どれも江戸時代以降の呼称のようです。ではそれ以前、平安時代や奈良時代にはどう呼ばれていたのでしょうか。
まず「ほととぎす」という名称について、「ホトトギ」と鳴く「ス」(鳥)という語源説があります。これによれば「ホトトギス」は鳴き声から付けられた名前だったことになります。そのことは「ホトトギス」が、

・あかときに名のり鳴くなるほととぎすいや珍らしく思ほゆるかも
(万葉集4084番)
・あしひきの山郭公里なれてたそかれ時に名のりすらしも
・夕暮の程に、ほととぎすの名のり渡るも、
(枕草子23段)

のように名乗っていたと和歌に詠じられていることから、「ホトトギス」は「ホトトギス」と鳴いていたことが察せられます。

そのことは『江談抄三』雑事に、

郭公は鶯の子となりて云云、樹蔭に巣を造り、子生れて漸く生長し云云、ほととぎすと鳴きて去り了んぬ。

とあるし、『今鏡十』打聞にも、

子のやうやうおとなしくなりて、ほととぎすと啼きければ、云云。

とあることからも納得されます。さらに「ホトトギス」同士が「ホト」「トギ」と互いに呼び合っているという説までありました。

なお『万葉集』には、

信濃なる須我の荒野にほととぎす鳴く声聞けば時過ぎにけり
(3352番)

ともあって、ここから「ホトトギス」は「時過ぎ」と鳴いているとする説もあります。このことは『古今集』にある藤原敏行の、

来べきほど時すぎぬれや待ちわびて鳴くなる声の人をとよむる
(423番)

にも継承されています。これは物名歌で、「ほど時すぎ」に「ホトトギス」を詠み込んでいます。それだけでなく「ほど時過ぎ」は鳴き声としても機能しているのではないでしょうか。

また『古今集』雑躰の誹諧歌には、

いくばくの田をつくればかほととぎすしでの田長を朝な朝な呼ぶ
(1013番)

という歌もあります。これは「しでの田長」が「ホトトギス」の異名だというだけでなく、「ホトトギス」が「しでの田長」と鳴いていることまで含んでいるのではないでしょうか。 同様に、「不如帰」という異名にしても、単に故郷を思って「帰らんにはしかじ」という意味だけでなく、まさに「不如帰去(フニョキキョ)」と鳴いていると見ることもできそうです。

それとは別に『万葉集』には、

暇なみ来ざりし君にほととぎす我かく恋ふと行きて告げこそ
(1498番)

ともあって、これによれば「かく恋ふ」は鳴き声を表しているといわれています。ただしこれだと別種の「カッコー」になります。実は『万葉集』には、「ホトトギス」の漢字表記として「霍公鳥」とあります。もしこれが鳴き声の聞きなしならば、「カッコー」と鳴いていたことになります。

どうやら『万葉集』の中には、「ホトトギス」と「カッコー」が同居・混在していたことになりそうです。ただし別の歌に、

春さればすがるなす野の霍公鳥ほとほと妹に逢はず来にけり
(1979番)

とあって、ここでは「霍公鳥」が「ほとほと」を導く枕詞となっています。「ホトトギス」だから同音の「ほとほと」にかかるわけで、これを「カッコー」と訓読することはできません。おそらくこの「ホトホト」も鳴き声からきているのでしょう。

以上、「ホトトギス」の鳴き声に関しては聞きなしがこんなにたくさんあったのです。一筋縄ではいきそうもないですね。