🗓 2019年09月01日

新島八重顕彰会の設立を祝う

数年前から、主に鶴ヶ城公園、飯盛山で海外からの観光客を相手に、英語の通訳ガイドをしている。我が家が鶴ヶ城公園の南に位置しているので、要請があれば直ぐに馳せ参じる事が出来る。又飯盛山は私の経営するコンビニエンスストアが直ぐ近くにあるので、帰りに店に寄ってもらうことが出来、誠に都合がいい。海外から来た観光客は意外な疑問を数多く持っているので、私自身も勉強になる。今までにこんな質問があった。一部を紹介すると、「何故侍はその昔、ちょんまげだったのですか?」、「何故ここ会津地方では馬肉を食べるようになったのですか?」「城の中の稲荷神社の階段の脇には、何故狐の銅像があるのですか?又何故赤い頭巾を被っているのですか?」「神社の中には何が飾られているのですか?」「日本は海外の都市と比べて、何処に行っても危険なところがないのは何故ですか?海外の大都市には必ず危険な地域があります。」「天守閣のてっぺんにある鯱は何であるのですか?」「この大きな石垣は何処からどうやって運んだのですか?」廊下橋の上から忍者走りの石垣を見せると「どういう工法でこの石垣を作ったのですか?」時間のある方には、茶室麟閣を案内すると「何故日本ではお茶の文化があるのですか?又今そのお茶の文化を継承しているのは侍の子孫ですか?」私も知らない事が多く、色々と勉強になった。ここ最近では、オーストラリア、ニュージーランドからの観光客を数回ガイドした。オージー(オーストラリア人)キウイ(ニュージーランド人)は訛りがひどく、イギリス英語、アメリカ英語ともアクセントが違うので時々苦労する。Okay (オッケー)を(オッカイ)と発音する。私が学生の頃スキーが得意だったと話すと、Did you participate a sky race ? (ディット ユー パーテセパイト ア スキー ライス)と聞かれた。暫く理解するまで時間がかかった。A の発音がもろにエじゃなくてアになるのだ。

今回の新島八重顕彰会に加入して、八重さんのサインを見て、まさに八重さんは相当に会津弁だったのではないかと思った。何故ならば直筆の英語のサインが Yaye と書いてある。Yae となるはずだが、会津弁では「エ」を「イエ」と発音する。「セ」を「シエ」と発音する。先生は「シエンセイ」である。新島襄は群馬県の生まれだが、京都で二人は巡り合ったのだから、当時、新島襄は京都弁で八重と話したのだろうか?

あの大山巌の後の妻となった山川捨松は、交際時 片方は薩摩弁、また捨松は会津弁だったので、中々意思が通じず、しまいには二人英語で話していたと言う逸話も残っている。

海外からの観光客が興味を持つ茶の文化に女性が入り込んだのは、新島八重が日本人の女性としては、初めてで、今の日本の茶の文化には無くてはならない文化人だと思う。

今回この顕彰会を立ち上げてくれた、岩澤信千代さんには、心から敬意を表する次第である。

会長の新城希子さんの元、この新島八重顕彰会が益々会津若松市、又県内外の会津を愛する人々に広がることを心から願っている。

戸川兼一