🗓 2025年08月30日

吉海 直人

「鳰」という漢字をご存じですか。よく見ると「鳩」という字とは違っています。辞書で調べると「かいつぶり」の古名と出ています。『新撰字鏡』という平安時代の古辞書には「爾保」とあって、「にほ」と読まれていたことがわかります。同じく『十巻本和名類聚抄』には「野鳥小而好没水中也」とあって、水中に潜ることを好むという特徴まで記されていました。小学館の『全文全訳古語辞典』では「水鳥の一種。カイツブリ。鴨(かも)に似るが、少し小さい。湖などに住み、水にもぐって魚をとる。「にほどり」とも」とあって、簡潔にまとめられています。
その古い用例としては、『古事記』仲哀天皇の「忍熊王の反乱」に、

いざ吾子振熊が痛手負はずは鳰鳥の淡海の海に潜きせなわ
(251頁)

という歌が出ていました。「鳰鳥の淡海の海」の「鳰鳥」について頭注20では、

ニホドリはカイツブリ。「淡海の海」の枕詞とする説もあるが、「潜き」を比喩的に修飾するものとみる。

とコメントされています。ここでは枕詞説を否定して、「鳰」の特性である「潜る」との結びつきが採用されています。

それは『日本書紀』にある類話を見ても、

淡海の海瀬田のわたりに潜く鳥目にし見えねば憤りしも
(445頁)

とあって、やはり「鳰鳥」と「淡海」が関係していました。ただし『万葉集』の用例を見ると、「にほ鳥のなづさひ来むと」(443番)・「にほ鳥のなづさひ来しを」(2492番)・「にほ鳥のなづさひ来しを」(2947番左注)などとあって、むしろ「なづさひ来」の枕詞となっています。また「にほ鳥の葛飾早稲を」(3386番)の頭注を見ると、「ここはカヅシカの枕詞。潜水する意カヅクと類音なのでかけた」とコメントされており、「潜く」の枕詞として考えられていることがわかりました(ただし例歌は少ないようです)。

唯一、「比良の浦の海人ならましを」(2743番)については、左注に或本では「にほの浦の海人にあらましを」という異文が紹介されています。ただし「海」ならぬ「浦」ということで、頭注には「琵琶湖岸の一部の名か」と記されていました。
そこで視点を変えて「鳰の海」について調べてみましたが、これも用例が非常に少ないことがわかりました。唯一『浜松中納言物語』に、

別れにしわがふるさとの鳰の海にかげをならべし人ぞ恋しき
(31頁)

とあって、その直前に「石山の折の淡海の海思ひ出でられて」とあるので、これが琵琶湖の意味で用いられていることがわかります。ただし『源氏物語』早蕨巻で薫が、

しなてるやにほの湖に漕ぐ舟のまほならねどもあひ見しものを
(365頁)

と詠じていますが、これが琵琶湖かどうかはわかりません。それにもかかわらず頭注25では、「枕詞「しなてるや」は「にほの湖」(琵琶湖の別称)にかかる」とコメントされています。

下って『新古今集』以後になると、例えば藤原家隆は「湖辺月」という題で、

鳰の海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり
(389番)

と詠んでいますが、その「湖」は琵琶湖のことと見てよさそうです。同時代の源実朝も『金槐和歌集』において「湖上冬月」題で、

ひらの山やま風さむみからさきやにほのみづうみに月ぞこほれる
(340番)

と詠んでいます。「唐崎」は琵琶湖岸の地名ですから、これも琵琶湖の別称で問題ありません。ということで「鳰の海」は、「淡海の海」に次いで和歌に詠じられていることがわかりました。琵琶湖と「鳰」はセットになっていたのです。逆に「琵琶湖」は非歌語で、和歌に詠じられていません。近世になってようやく琵琶湖の用例が増加してきますが、それでも俳諧でも琵琶湖は詠まれていません。