🗓 2021年02月13日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

「春一番」は春先に吹く強い南風のことですが、その由来については考えたことがありませんでした。というのも、単なる気象用語かと誤解していたからです。そこで調べてみると、気象庁ができるずっと前、具体的には江戸時代から漁師仲間で使われていたことがわかりました。
NHKテレビの「チコちゃんに叱られる!」では、安政六年二月十三日(1859年3月17日)に強い南風が吹き、長崎県壱岐郡郷ノ浦町の漁師たちの船が転覆し、53人もの死者が出た記録をあげていました。これを民俗学者の宮本常一が「春一番」という語とともに採集し、『俳句歳時記』(昭和34年)に取り入れたことで、一般に広まったとされています。それを記念して、昭和62年には郷ノ浦港に「春一番の塔」が建てられました。
 もっとも「春一番」あるいは「春一」は、石川県能登や三重県志摩でも使われていた船乗り・漁師用語だったようです。文献ではもっと時代が遡ります。『池田市史史料編』に収録されている「稲束家日記」の天保二年(1831年)一月十一日条には、「春一番東風」とあって、「春一番」という言葉が出ています。
さらに越谷吾山こしがやござんの『物類称呼』(1775年刊)に「ハルイチ」という言葉が掲載されており、かなり古くから使われていたことが察せられます。郷ノ浦町は必ずしも「春一番」発祥の地ではありませんが、悲惨な海難事故というインパクトの強さによって、「春一番」との結び付きが強くなった場所であるとはいえます。
 ここで気象庁の定義を見ておきましょう。それによると、

立春から春分までの間で、日本海で低気圧が発達し、初めて南寄りの強風(秒速8m以上)が吹き、気温が上昇する現象。

とあります。これを見て、みなさんはどんなことを読み取りますか。まずは春一番が発生する時期が限定されていること。当然ですが、立春前や春分以降では「春一番」とは呼ばないのです。卑近な例をあげると、平成25年2月2日に吹いた強風は、立春の直前だったために「春一番」とは認定されませんでした。場合によっては、この期間に吹かないこともあるので、「春一番の観測なし」とされた年もあります。東京だと、平成24年・27年には観測されていません。

もう一つ、原則として「春一番」が吹くのは日本海側なので、当初、沖縄や北海道・東北は除外されていました。ところがこのところの異常気象の影響により、平成18年3月6日に北海道で吹いた強風は、初めて「春一番」と認定されました。
 どうやら気象庁が取り上げるようになったのは昭和40年代になってからで、昭和50年代になってようやく正式発表を行うようになりました。それ以前の新聞では「春一番」という言葉は見られません。昭和38年2月15日の朝日新聞朝刊には、「春の突風」として掲載されています。これを記念して2月15日が「春一番名付けの日」とされていますが、肝心の「春一番」という言葉がないので賛成できません。
 ついでですが、「春一番」がある以上、「春二番」や「春三番」もあるのではと思いませんか。あまり知られていませんが、その期間に複数回発生した場合は「春二番」「春三番」と呼ぶこともあるそうです。では春以外の夏・秋・冬にはないのでしょうか。どうも夏・秋には類似した気象現象はなさそうです。ただ冬だけは、名称は異なりますが「木枯らし一号」というのがそれにあてはまります。こちらは太平洋側に限った気象現象です。
 なお「春一番」は突風ですから、海難事故や雪崩・竜巻などに十分注意するようにという気象庁のシグナルなので、安易なレジャーは控えてください。